愚図

すべる


一日中毛布にくるまって世界から逃げる
傷つくことはなかったけど心が腐ったよ


ーーーーー


窓を開けてお風呂に入ったら秋の匂いがした。
珍しく継続するあのひとからの連絡は、途切れても間があかない。
それでも決して会いにくることはしてくれないのだ。
私のまわりをうろつくばかりで。


いつだってふと考えるあの頃、あの頃が一体いつなのか、思い出すことに時間がかかるようになってしまっている。
十五年前の私たちや十年前の私たちや五年前の私たちが遠くにいること、あのひとに見えている景色や生活の膨大さ。
もう十八年前の私たちは現実味さえないのだ。
まだ子どもだった私たちの、小さな手のひらと秘密の場所。
あの冷たい床の囲われた狭い空間で過ごして来た時間と、遠く離れた海沿いの町。
私たちはばらばらなのだ。
あのひとや私がいない場所なんてもう何処にもないのに、繰り返して縫い合わせて、ばらばらのままだ。
あのひとと手を繋いで歩きたいのに、ここにはいない。


ーーーーー

幸福に脳味噌が蕩けていそうな君がいつまで続投するのかもわからないのに、ずっと置いておけたらいいのに、と思う。
急ぐなんてことはほとんど悪だ。
ロクな結果にはならないし、結果論でしかない。
それでも、と思ってしまうのは私が大人で、君がまだ子どもだからだ。
十年も前に野蛮に過ごしていた私とあのひとよりも、よっぽど子どもだからだ。

おはようからおやすみまで貴方のことを考えている、と言う。
手の届くところにいつだって置きたいけれど、君のことが好きだということがセットである以上それは失わざるを得ないことになってしまうのだ。
一体どうしたらいいのかわからなくて愚図愚図して、煙草を吸う。
クエスチョンばかりが頭のなかをまわって、肌寒くなった空気に惑う。
捨ててしまうことはもう容易ではないと分かっているし、捨ててくれて構わないと言う君の全く構わなくない顔に、悲しくなる。
生産性がなくても良いと思えるのは私が求めていないからではないのだ。
冷たい君の手や足を温めたいと思うことは、どう考えたってやり直しているだけなのだ。


いつかいなくなる君の、とんでもなく甘ったるい優しいキスやセックスや、言葉の選びや話し方、私を見つめる顔も肌の白さも、照れて恥ずかしがって誤魔化す様まで、本当にあのひとに良く似ている。





コメント

ログインするとコメントが投稿できます

まだコメントがありません