愚図

quotidiana.


気が付けばひと月。
恐ろしいほどの速さで時間が流れて、変わる身体だとか馬鹿みたいに乱高下する心にほとほと疲れている。
大きく踏み出して一歩、一体どこまで歩くのが正解なのか分からなくて、今一度足下を確認すべきでは?とか考えながらセキュリティを通過する。
認証しました、という機械的な音声。
一体私の何を認証したんだろうかと思うけれど、とにかく何かを認証されて毎日を過ごしている。
人の少ない工場の、蛍光灯の明かりは心細い。


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くだらないやりとりにいっぱいいっぱいになって泣いてしまう私の背中や頭を撫でながら明日は早く帰ること、と言い聞かせる君の声に安堵する。
落ち込んでいるのだと認識して蛍を見に行こうと小雨の降る暗い道を走る。
ぱちぱちと雨の音のする林のなかで、当たり前みたいに手を繋いでくれること。
肌寒いね、と身を寄せて、外だというのに珍しく向かい合って抱き合う。
頭を肩にぴったりくっつけて眺める公園の、遠くに光る街灯のあかり。
静かな空気を吸い込む。
このひとの身体は本当に、きちんと私を包み込んでくれる。

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蛍は見られなかった。
鎌倉のあの家のすぐ上で見られるという話を聞いても行く気持ちになれないのは、あのひとが好きだと言った、あの生涯ここで暮らそうと思った家を簡単に出て行ったことに後悔しているからだ。
たとえあの時、どうしようもなく出て行かざるを得なかったとしても、しがみついて暮らしていかなかったことを。
今でもあそこで暮らしていたら、あのひとは会いに来てくれただろうか。

どんなに時間が経っても必ず作用する、でもあのひとじゃない、ということ。
それでもまだあのひとの腕の中で、あのひとの匂いを嗅ぎながら、あのひとの体温と一緒に眠りたいと思うのだ。
死ぬまでずっと。



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