抱く
お風呂に入ろうと言ったのに、とろとろのキスをしながら腰を掴まれて喘いで、大好きみたいな満たされるセックスをして、こうしてひとりキッチンで煙草を吸いながら、一体どうして私は絶望している。
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鎌倉の山道を登って住宅街を歩く。
あのひとと数える程度の夜中の散歩をした道の、知らない通りを曲がって広町緑地を目指す。
20時を過ぎればいっぱい飛びますよ、と知らないおじさんが教えてくれた。
葉の裏や木の高いところをふらふらと光って飛ぶ蛍を眺めながら、隣にいる白い指に手を絡ませる。
後ろからゆるく抱く君の、暖かさと薄青い景色。
次は平家蛍だね、と言う声に子供じみた顔で頷く。
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山に行く?それとも連れ込み宿に行く?と聞くと宿に行こうか、と答える。
くっつきたいムーヴをあからさまにしておいて、どちらでもいいのだと言えばきちんと連れ込んでくれるこのひとの健やかなところが好きだ。
あっさりと服を脱いで下着姿になるこのひとは、まるで本当に大切にしているみたいなセックスをしたあと、あっさりと服を着てさっさと出て行く。
ついさっきまで隙間なんて必要ないみたいにぎゅうぎゅうくっついて汗だくになって、指を絡ませてぬるぬるのキスをしてたのに、と思うとぽかんとしてしまう。
それでも出来ることならずっとこうしていたい、と平然と話すのだ。
あなたは気持ちが良い時に声が半音上がるから、と言って。
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私に良いようにとばかりしてくれるこのひとが、それでも離れてさえしまえばもう存在しないみたいに生きていることに、傷付かなくなること。
いつだって当たり前にいたりいなかったりして、一体いつまでこうしていられるだろうかとばかり考える。
擦り合わせる必要性を感じないということが果たして良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど、優しくして甘やかして腕の中に入れてくれることの大切さを実感する。
このひとは必ず、本当にきちんとした動作で頭を撫でる。
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