愚図

花緑青.


揺れながら歩いてくる様子をぬるい暑さと湿気た空気のなか、ぼうっとした頭で眺める。
私をひらがなで呼ぶこのひとの、一体どれだけを占めているだろうかと考える。

顔を見に行く口実はあるけど、と言う言葉の意味。
ここからいなくなってしまえばもう、君とは終わるのだと思っているのは私だけだろうか。
言葉を濁してばかりだった秋と、何度か細胞の入れ替わった私たちは果たして同じ私たちなんだろうか。

否定されることが恐くて聞けない幾つものこと。
分かるでしょ、と言われてしまったら私はきっと分かってしまう。
悲しい気持ちにばかりなるのは、こうしてうっかり強請ってしてしまう山でのセックスのあとの、スイッチの切れた君の白い柔らかい腕に巻き付きながら聴く誰かの曲のなかで、やっぱり変わることなどしたくない私の箱の中のものたちに足を掬われて途方に暮れるからだ。
小さな認識の違いの積み重なった向こう側で、今の私を誰よりも知る君の全然知らない私が取るのは君の手ではないのだろうと思うからだ。
変わらないままでいようよ、と一々口にすることも出来ず、どうしたって少しずつ変わってきてしまった目配せや話し方や少しの傲慢や怠慢に打ちのめされる。
それでも優しくしようとしてくれること、を見失わないようにと目を凝らして、こんなんじゃないのに、と思うのだ。
本当は全然、こんなんじゃないのに。
あの時言い淀んだ言葉、世界で一番悲しい気持ちになりながら飲み下した毒みたいなオレンジ色の錠剤。
花緑青なんかよりもずっと、あれは私の中で最大の有毒のまま今も身体を巡っているのだ。


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