あらすじ
女性用風俗――略して女風。
線が女風のセラピストとして入店してから一年が経過したある日、指名が入る。ラブホテルへ赴き、時間ちょうどにベルを鳴らす。出て来たのは化粧けのない、中性的な女性――雨音。
いつものように跪いて自己紹介をして、カウンセリングをして、シャワーを浴びて、施術をする……はずだった。
「助けてください!」
雨音が、そう言うまでは。
聞くと、雨音はTL漫画を描いているようだが、ネタが浮かばず困っているらしい。女風セラピストなら漫画のネタとして使えそうなことを提供してくれるのではと考え、クチコミなどを吟味した結果、線を指名したらしい。
この一年、様々な女性の悩みや欲望を受け止めてきた線だったが、こういった頼みごとをされたのは初めてだった。
「要はネタを提供すればいいんですよね? いいですよ」
セラピストにとって、客――姫の願いは絶対だ。ただし。
「僕を、指名し続けてくれるなら」
こうして、線と雨音の奇妙な関係は始まった。
雨音は約束通り、定期的に線を指名するようになる。線はそのたびに、これまで出会って来た姫の話をした。
自分の体にコンプレックスを持っていて、三十を過ぎても誰とも付き合ったことがない姫。結婚して子供もいて安定した生活を営んでいる中、刺激を求めてやって来た姫。性感系の触れ合いは一切望まず、ただ長時間一緒にいて遊び、ご飯を食べながら話し、共に眠りにつく姫。
「快楽」か「温もり」かの違いはあれど、みんな、満たされぬ何かを求めていた。そしてそれは、線自身にも言えることだった。
「僕は、誰かに必要とされたいんです。点と点を繋ぐ線になりたい。そうなれたら……僕がここにいる意味があると思いませんか?」
線の話に耳を傾けているうちに、男性に対して恐怖心を抱いていた雨音も心を許していく。しかし、彼女には線に明かしていない秘密があった。
――伊澄くん。
あなたは私のことを、覚えていますか?
いつものように駅で雨音と別れてから彼女から渡された手紙を見て、線は驚く。「伊澄透」……それが線の本名だった。
手紙を渡してから雨音は線を指名しなくなり、二人の関係は途絶えた。それでも、もう一度会って話したい。その想いが捨てられずにいた線に、ある日同僚が女風を扱った漫画があるのだと手渡してくる。作者の名前は「雨乃花音」。
その漫画には、かつて雨音が線に救われた思い出がつづられていた。