1911年パリのルーヴル美術館でモナ・リザが盗まれた。
詐欺師マルケス・ヴァルフィエルノがヴィンチェンツオ・ペルージャをそそのかしたのだ。
時は経ちペルージャの子孫は日本で浜城優太という俳優になっていた。
そしてマルケスの子孫もまた日本で国際詐欺師となりマルケスを名乗っていた。
浜城優太が俳優とな…

 1911年8月22日、パリで世界を震撼させた事件が起こった。





 名画「モナ・リザ」がルーヴル美術館から盗まれたのだ。





 ガラス職人のヴィンチェンツォ・ペルージャがモナ・リザを布でくるみ、





 あたかもガラスを運んでるようにみせ、





 そのままルーヴルを出て行ったという。





 しかしその2年後の1913年に、ペルージャは





 捕まりモナ・リザも無事返還された。





 そして、1932年ある記事が載った。





 パリで起こったモナ・リザ盗難事件。





 そこには首謀者がいたのだという。





 首謀者は、エデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノ。





 ヴァルフィエルノは、フランスの贋作師イヴ・ショドロンに





 精巧なモナ・リザの贋作を描かせ、複数の富豪に





 盗ませたモナ・リザと言って売りつけた。





 この話を聞いた記者はヴァルフィエルノが





 死んだ後、記事にすると約束したという。





 つまり、エデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノは





 1932年に死んだことになるわけだが。





 その翌年の1933年。





 神戸でエデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノの息子、





 カルロス・ヴァルフィエルノが生まれた。





 日本名、伴野刈郎ばんのかるろう





 母親は神戸の財閥令嬢で父、エデュアルドはすぐに





 日本を発ち、その後の行方はわからなくなった。





 カルロスは日本人の母親の屋敷で育てられた。





 そして1967年、カルロス・ヴァルフィエルノの息子、





 マルケス・ヴァルフィエルノが生まれた。





 日本名、伴野・マルケス・ヴァルフィエルノ。





 父、カルロスがヴァルフィエルノの血を誇りに思えるよう、





 祖父のエデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノに





 ちなんでつけた名前だ。





 「お前は誰がなんと言おうとマルケスだ。


 ヴァルフィエルノの血を引くマルケスなんだ」





 カルロスはマルケスに、祖父エデュアルドが





 モナ・リザを盗ませたという話を幼少の頃から聞かせ、





 日本人が好きなアルセーヌ・ルパンのモデルは、





 祖父であったと言い聞かせた。