むかしむかし、あるところに、それはそれはうつくしい男がおりました。
その美貌といったら深窓の姫君にもまさるほどで、天からまいおりた精霊のようだと、まことしやかにうわさされました。銀にかがやく御髪が、月の光をあつめたようにきれいだというので、『月光の君』と呼ばれておりました。
月光の君は、人里はなれたお城に住んでいました。
お城は霧がかかったふかい森の奥にあって、ずっとくらくてしずかでした。すきとおるしろい肌のためか、月光の君は、日の光をさけていました。夜の明けない城は、いつしか『夜城』と呼ばれるようになりました。
そんな場所にも、月光の君をひとめ見たいと、おとずれる乙女がたくさんありました。
月光の君のうつくしさはほんとうで、乙女たちは夢のような時間をすごしました。ですが、こまったことに、月光の君にみとれてしまった乙女たちは、それきり故郷へもどらなかったのです。
それもそのはず、月光の君は、人をまどわし、かどわかす、わるい魔性でした。
月光の君は、うつくしい姿で乙女たちに魔法をかけて、いたいけな心をうばいました。自分をたもった乙女たちも、影をとられて、にげられなくなってしまいます。そうして、とじこめた乙女たちのたましいを喰らって、月光の君は永遠の命をえていたのです。
かろうじて、無事にもどってきた乙女たちは、口をそろえて言いました。
想像を絶するうつくしさに、たやすく心を溶かされ、言いなりになってしまう。
恋に落ちたらおしまいだ、と……
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