恋に落ちたらおしまい ―月光の君と夜城に踊る―

作者八枝ひいろ

自分の信じる物語を紡ぐ、少女のお話。

目を覚ますと、そこはおとぎ話の舞台となるお城だった。
そこには『月光の君』と呼ばれる魔性の男が住んでいて、乙女たちを魅了して閉じこめ、魂を喰らうという。恋に落ちたらおしまいだ。二度と帰ることはできない。そう、まことしやかにうわさされていた。

恋物語にあこが…

 むかしむかし、あるところに、それはそれはうつくしい男がおりました。

 その美貌といったら深窓の姫君にもまさるほどで、天からまいおりた精霊のようだと、まことしやかにうわさされました。銀にかがやく御髪が、月の光をあつめたようにきれいだというので、『月光の君』と呼ばれておりました。

 月光の君は、人里はなれたお城に住んでいました。

 お城は霧がかかったふかい森の奥にあって、ずっとくらくてしずかでした。すきとおるしろい肌のためか、月光の君は、日の光をさけていました。夜の明けない城は、いつしか『夜城』と呼ばれるようになりました。

 そんな場所にも、月光の君をひとめ見たいと、おとずれる乙女がたくさんありました。

 月光の君のうつくしさはほんとうで、乙女たちは夢のような時間をすごしました。ですが、こまったことに、月光の君にみとれてしまった乙女たちは、それきり故郷へもどらなかったのです。

 それもそのはず、月光の君は、人をまどわし、かどわかす、わるい魔性でした。

 月光の君は、うつくしい姿で乙女たちに魔法をかけて、いたいけな心をうばいました。自分をたもった乙女たちも、影をとられて、にげられなくなってしまいます。そうして、とじこめた乙女たちのたましいを喰らって、月光の君は永遠の命をえていたのです。

 かろうじて、無事にもどってきた乙女たちは、口をそろえて言いました。

 想像を絶するうつくしさに、たやすく心を溶かされ、言いなりになってしまう。

 恋に落ちたらおしまいだ、と……


 ***