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「……あまり子供っぽいことをして旦那様に飽きられたら、私もショックで寝込むので」

なので、お願いしますね。

俺がそう小声で頼むと、お嬢様は数秒沈黙してから————「やだ、ごめん斉藤さん」自分の携帯電話を俺の目の前に掲げてみせた。

その液晶画面を見て、俺は…………多分、人生で一度も浮かべたことのないような間の抜けた表情を作ったのだった。

《綾瀬竜二 通話時間 10分02秒》

「斉藤さんが声をあげて笑うのって滅多にないと思ったから、父さんにも聞かせてあげようかなと思って……ずっと電話繋げてたみたいだ。めんごっ!」

「やっぱり恨ませてください、お嬢様」

……やってくれた、さすがお嬢様。

俺は顔を腕で覆ったまま、ハンドルにゴン!と額を押し付けた。

お嬢様が俺の耳元に携帯電話を寄せてくると、そのスピーカーから竜二さんの、『斉藤君、今の君の笑い声か。なんだ、笑うと割と声が高くなるんだな。いや、めでたい。今日は早く帰るよ、それで赤飯にしよう、夕ご飯は赤飯を炊いてもらおう!!』凄まじくテンションのあがった声が聞こえてくる。

なんだろう、このこそばゆさは。

耳元がチリチリと熱くて、触れれば手袋越しからも熱が伝わってきそうで困る。

とても、困った。

「あっはっはは!あー、おかしい。斉藤さん耳まで真っ赤だよ」

容易く手が届くであろう距離で、お嬢様が腹を抱えて笑っている。人の気も知らないでとは、こういう時のことを言うんだろうな。

「これで私が旦那様に愛想をつかれたらお嬢様のせいですからね」

「まさか、そんな訳ないよ。父さんはね、秘書の前に、斉藤さんが自分の息子みたいに可愛いんだって。可愛くて可愛くて仕方ないんだって。だから大丈夫」

羞恥で頬を赤くする俺に向かって、お嬢様は笑顔で言った。

「斉藤さんが一生綾瀬にいたいっていうなら、父さんは斉藤さんのことを一生守ってくれるよ」

だからこれからは、なにも心配しなくて大丈夫。

斉藤さんの好きなように、人生を謳歌すればいい。
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