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ショウガのきいたとろみのあるスープが、じんわり身体を温めてくれる。疲れていた心がじんわりほどけて、ほう、と小さく息をつく。そして向かい側で同じくうどんを啜っている蒼月に目を向けた。「味は、どう?」 考えて見れば、彼が人間の食べ物を食べているところを見るのは初めてだった。だからこそ、余計に味の感想が気になってしまう。 口に合わなかったらどうしよう。 そんな心配していると、蒼月はどんぶりから顔を上げ、小さな笑みを浮かべた。「よく分からないが、懐かしい味がする」「懐かしい? うどんが好きだったってこと?」 平安時代にも、麺類は一応あったはず。故に彼が口にしていてもおかしくはない。 だが蒼月は、コウの問いに首を横に振った。「麺もだが、どちらかというと汁の方だ。故郷にいた頃、よく人に化けて食べに行っていた店の味と近いものがある」 故郷。その言葉を聞いた時、コウの中でストンと落ちるものがあった。「蒼月って、やっぱり日本の異形じゃなかったんだ」 異形の姿に戻った時や、初めて人に化けた姿を見たときに来ていた漢服から、薄々そうではないかと思っていた。彼はその考えを肯定するように、今度は首を縦に振る。「ああ、私の生まれは大陸――今だと、中国と呼ばれている国だ。こちらに渡ってきたのは、二千五百年と少し前だったか? この国の人間が稲作を初めた頃だな」「稲作……」 想像して、思わず遠い目になる。スマホでネット検索してみると、蒼月が日本に来たのは紀元前十、十一世紀辺り――つまりは弥生時代と書いてあった。ページに載っている高床式倉庫の写真を眺めつつ、改めて蒼月が生きた時間の長さを思い知る。「なんでそんな時代に日本に来たの? あの頃だったら、まだ向こうの方が文化も進んでて住みやすかったと思うのに」「いろいろあってな。逃げてきたのだ」「誰かに追いかけられでもしてたの? 異形同士の争いとか?」「そういうものとは少し違う。私の性質が特殊だったというか……。まあ、人間であるお前には分かりづらいだろう」「ええ、教えてくれないの? 余計に気になるんだけど……」「今となっては、どうしようもないことだからな。話したところで、お前に利はない」「……けち」 口を尖らせるコウに、蒼月は首をこてんと横に倒した。「そんなに私のことが気になるのか?」「……!!」 図星に近い物を感じ、ぶわりと羞恥が湧き上がる。「え……本当に?」 意外さと期待を孕んだ視線を向けられ、コウは観念したように口をひらいた。「うう。だってさ、信頼した相手のことは……ちゃんと知っておきたいって思うでしょ?」