by
—— 1941, NY

「ちょっと!レッスンはまだ終わってないわ!」

「今日は見逃して!埋め合わせは必ずするよ!」

コートを抱えて飛び出した外は雪が降り始めていた。道の車のライトに当たる細かい雪が、風に煽られ斜めに落ちていくのがわかる。

頬を刺すような冷たい空気に、僕が吐いた白い息が混ざり空へと伸びていく。いつもなら綺麗な光景だと見惚れているところだけど、この時の僕は人生で1番焦っていて、錆びた螺旋階段を2段飛ばしで駆け降りた。

狭くて暗い、路地に並んだドラム缶。

手前から4番目の大きな銀蓋の上に、彼女は置き去りにされていた。ただ静かに、僕と出会う瞬間を息を殺して待ち侘びているかのように。

抱き上げれば黒い目が僕を捉える。ほんのり暖かくて小さな命の香りがした。

堪らず、豆粒のように可愛くて愛しいその小さな鼻にチュ、とキスをする。

「ナンシー、約束通り会いにきたよ。
さあ、僕たちの家に帰ろう」

end.
33ページより