君には5年前、彼氏がいたんだ。
最初は理解なんて出来なかった。
「え?…いまなんて言いました?」
「よく聞いて欲しい。君にはね、5年前のあの事故まで彼氏がいたんだ。
天野陽汰(はるた)ってやつなんだけど…」
「誰ですか…」
知らない名前だ。
「天汰(あまた)って名前でYouTubeもやってた、顔見れば何か思い出せたりするかな。」
心臓が痛い。どくどくいってる。
心が警報を鳴らしている気がする。
その話に触れないでって言ってるみたいに。
急いで携帯でYouTubeを開き、天汰のページを開くが更新は5年前で止まっている。
「彼はいまどこで何してるんですか?彼氏なら会いに来てくれたっていいですよね、なんで1度も逢いに来てくれないんですか?」
「彼はね。5年前に死んだよ。
君とドライブに出かけている時に交通事故にあって、死んだ。君は奇跡的に生き残ったんだ。
そして彼のご両親は、君の記憶が戻らないなら、関わらないほうがいいって医者に言われて連絡とらないようにしてると思う。
そして事故のことを唯一知ってる俺自身が話すのを避けてたから、君は車に跳ねられたっていう設定で5年間隠してきた。」
事故から5年も経っているのに私にはひとつもそんな話入ってこなかった。
事故のことだけ記憶にないけれど、
事故の時天野くんも一緒にいたってことだよね?
天野くんだけ死んだの?
私だけ生き残ってしまったの?
信じられない話だけど天野くんのこと、思い出さないと行けない気がする。
だって彼氏だったんでしょう?
でもそんなに大切な人のこと、簡単に忘れちゃうものなの?
忘れたことさえ忘れてるなんて、信じられない。
「ごめんね。ずっと黙ってて。
病院の先生も事故のショックが大きすぎて忘れてるんだろうから、そのままの方がいいって言われてたのもあるけど、
都合が良かった。
俺は彼が君の隣にいた時からずっと君が好きだったから。
忘れててくれるなら俺を見てくれると思った。
だけど、それじゃあ陽汰があまりにも報われない気がして、今日打ち明けることにしたんだ。
俺の勝手な都合でごめん。」
なんでだろう、大好きなはずの人に好きって言われてるのに全然嬉しくない。
5年も彼氏を忘れて他の人に思いを馳せていたなんて、あまりにも不甲斐ないじゃない。
「私、思い出せるように努力します」
そう言って挨拶も早々に走って家に戻ると、窓際のプランターが目に飛び込んできた。
うっ…!
心が痛い。叫びたいくらい痛い。
もしかして、このプランター、天野くんと関係ある…?
何も考えずに日々野菜たちに水をあげていたけれど、よくよく考えると私は野菜嫌いで、そもそも植物なんて好きじゃなかったはずだ。
でも愛おしくて、何故か毎日育てていた。
天野くんと野菜のプランター、なんの関係があるのかな。
思い出せないまま、たこ焼きにビールといつものおつまみを出していると、
全く…お前の野菜嫌いは酷いな。でもどんなに野菜嫌いでも育ててれば愛着ってわくもんなんだよ。自分で育てた野菜なら美味しく食べれるだろ。
誰?声がする。あたたかくてどこか優しい声。
プランターのある側の窓を開けてみると、冷たい風が吹き付けた。
私は疑問に思ったことを弘人さんに電話をかけた。
「弘人さん、天野くんって私のうちに来たことありますか?野菜のことなんか言ってましたか?」
「陽汰はよく君の家に入り浸っていたよ。
俺の入る隙もないくらいにね。
野菜を愛おしそうに育て始めたのも彼の影響だって前に言ってたよ。」
「天野くんは優しい方だったんですね。
さっき、どこからか声がしたんです。
野菜嫌いでも育てれば愛着がわいて食べられるって。天野くんが私に前に言った言葉だったのかな」
「そうかもしれないね。陽汰は君のこと、本当に好きだったみたいだから。
…それと君の記憶取り戻す方法、何が鍵になるのか分からないけど協力するから。陽汰と君の為に全力を尽くすよ。」
ありがとうございますといい、電話を切った。
天野くん、私のこと大切にしててくれたんだな。
YouTubeで顔を見ても、声を聞いても思い出せなかったけど、プランターを見て、少しだけ、心があたたかくなったのは天野くんを1ミリでも思い出した証拠なのかな。