5分後に世界が変わる

作者チハル

放課後の教室で、日常が変わるかもしれない瞬間を書きました。

もうすぐ日が暮れる。

眩しい夕焼けを横目で見ながら

わたしは急いでいた



部活のテニスの試合が近いので何度もダブルスの練習をして

いつもより帰り支度が遅くなってしまった



ユニフォームを着替えて

慌てて部室から直帰しようと思ったら

教室にファイルを忘れてきたことに気づいた。



パタパタパタ…



もう残っている人も少ない校舎に

自分の小走りする音が響く



まだ日が入ってきているからいいものの、

ひと気のない空間はなぜか緊張がつきまとう

早く忘れ物を取って家に帰りたい




はぁ、はぁ



階段を上がって教室に入り、自分の机に向かう



すぐさましゃがんで

机の中に手を入れて

ガサガサと目当てのものを探し


置き勉の教科書の隙間に

明日提出しなければならない課題が入っている

ファイルを見つけた。



ファイルをカバンにしまい、はぁ、疲れたぁと安堵しため息をついた時に


窓から入ってくる まだ続いている他の部活の掛け声に少しビクッとした。

活気良く走る大勢の男子たち、勢いよく転がるボール、土埃の舞うグラウンド、

追いかけながら通る元気なたくさんの声



サッカー部はまだ頑張ってますなぁ、と

同じ運動部に労いの気持ちで笑みながら

窓から離れた。




オレンジとピンクがあいまったような色の教室で

ひとり

自分の帰り支度の音だけが聞こえた。




のも束の間、




「あれぇ?」


開いていた教室の入り口から

クラスメイトが入ってきた



いきなりの ひと気に驚き



わたしからは

「おわっ」と変な声が出てしまった




クラスメイトは少し噴き出して



「お前さ笑

女子なら きゃっ とかあるだろ」



…ですよね

お恥ずかしい




「いや、いきなり人がいたから ははは…」


と頭を掻きながら強引にノリで締めた。




ああ


びっくりしたぁ



わたし

間抜けた顔してなかったかな。






しかも相手はサッカー部員で

さっき窓から件のサッカー部の練習を

ひととき見ていたものだから



いるはずない相手で驚いたってのもある。




サッカー部のクラスメイトは自分の机に向かい、

机の中からゴソッと忘れ物と思しき音楽プレーヤーを

出した。




二人きりの教室で


少しの沈黙のなか

気になったので聞いてみた



「今日部活は?」



クラスメイトはわたしに目を向け、


「あー

今、足怪我してんの」


と足をすこしわたしの方にそっと向けた




知らなかった。

そんな仲良いわけじゃなく たまーに

グループ同士で固まる時に話すくらいのメンツだったので怪我してるとか、


全然見えてなかった



聞いてから 彼が出した足に目をやると

たしかにちょっとぎこちない




「そっか、大変だね 足」


頷いて、


「まあ何するときも 痛むよね ちょっと」


と言った。




「だから、しばらく部活は休み。図書室で勉強してさ帰ろうとしたらコレなかったからさ」


と、


プレーヤーを見せて


わたしにニコッと笑った


少しはにかむように




それか


自由に動けず 好きなサッカーもお預けな


不自由で憂鬱な気持ちをごまかすような


少し笑顔もぎこちなさを感じた





そこまで親しくなかったクラスメイトと

面と向かい


二人の時間をほんの少し 過ごして




そんな見たことない表情を見たら



切ない気持ちがうつったのかわからないが




何かが変わった



わたしの世界の色が



不思議と





ここにきて、ひとりでいるまで


何も感じなかったものが


急にこの空間が愛しくなった


終わらないでいてほしい時間になった






もっと話していたい

話がしたい




自分にはまだわからないけど



なんだか

この人と



まだ一緒に居たいと思った






わたしにとって、ただの夕焼け色の教室が


たった数分で



この人が今ここにいて


わたしの何かが変わった瞬間に



それから ここの色が変わった




この人がいるだけで


特別な空間に変わってしまった



追いつけない自分の気持ちと状況に


一人でこんがらがっていると







「いて」


彼のぎこちない足が 椅子に当たった。




「はー、早く走りてぇなぁ」


おどけるように笑った。





かわいい




今まで思ったことない相手に

急にいろんな感情が湧いてくる



私は一体どうしてしまったんだろう




クラスメイトの帰り支度が終わったようで



私の方に振り向き、


「じゃあ、また明日

暗くなるから早く帰れよ」




「あ…うん」



出たのは精一杯の普通の言葉。




数分前からの自分の突然の感情に追いつけず

背中を見せた君に飛びつきたい気持ちを抑えて




「ねえ!」



「足が!心配だから


わたしと 一緒に帰ろう!」




わたしから咄嗟に出た



今さっき浮かんだ言葉がスルッと口から出た




クラスメイトは

少し振り向いて

目を丸くして


でも


すぐ


笑って



「ありがと」と



言った。





ちょっと待って、上着着るから


バタバタ慌てるわたしを見ながら




彼は私に聞こえないような声で何か言ってた



「何か言った?」と

聞き返しても答えてはくれなかったけど






幾つかの季節と

歳が過ぎて




同じ苗字になる前の日に、


そっと教えてくれた




「こうなれたら いいなと 思ってたんだ」



と。









当時で考えたら


「こう」が、



一緒に帰れたらいいな



いつか


付き合えたらいいな




なんだろうけど、




こんな大事な日の前に聞いたら


〝ここ″までまさか予想していたかのように思う



色々なことに慣れて


大人になった私でも 


照れて


赤くなっているのを見て




彼は 昔みたいな はにかみじゃなく



ちょっと意地の悪い顔で笑った。