雪解けの春を知らない。

作者彩宮猫馨

 天真爛漫で話すことが好きな結はつい我儘を言ってしまう。
 事故に遭ったことで記憶を無くした結はどれだけつっぱねてもお見舞いに来る陸に頼まれて、自分を撥ねた人に手紙を送ることになる。陸はどうやら結に何かを隠しているようだった。
 ようやく返ってきた手紙の内容、結と同じく事故に巻き込まれ死亡した両親…


心配性な彼氏と、言いたいことを言い合える友人。


そんな二人が傍にいてくれるなら、何も怖いことなんてなかった。


「…いいじゃん、週に何度も会っても」

「だめだよ、あたしをあんまり縛らないで」


短い髪が似合う友人はそう言って私を遠ざける。


「…心配しすぎだよ」

「結は隙が多いから。そうやって誰にでも笑いかけていたら相手を勘違いさせるよ」


頭を撫でながら困った顔で笑う彼はそう言って私を抱きしめる。


不満と愚痴をこぼしてしまうけれど、二人のことが好きだった私。

そんなある日――、不慮の事故に遭ってしまう。



「迷惑かけていいんだよ、俺を頼れよ」


―私のお見舞いに来てくれたのは優しくて、過保護な男の人。


「いいよお、我儘言っても。そういうの全然大丈夫」


―我儘を言っても許してくれる女の子。



記憶を失った世界で私は誰かの言葉を思い出す―。


太陽が沈むとき、誰かの背中を見るとき、ベンチに座るとき。

真っ黒な感情に包まれてしまうのはなぜだろう。


「直雪さん、…その人の名前を陸さんから聞くたびに、胸が痛くて…」


私の記憶に眠る彼は、一体誰―?