甘党
・「立ち上がってみようよ……もう一度。」
真剣な表情で彼女は僕に向かってそう言った。
いや、正確には”僕”に向けた言葉じゃない。
彼女は僕にそう言いながら手を差し出してくれる。
これも僕に向けられているが、
決して”僕”に差し出された手では無い。
肩まである彼女の白髪が風で優しくなびいている。
「うん、試してみるよ、もう一度……君が勇気をくれたから。」
そう言って彼女の手を取り、立ち上がった。
今この瞬間、僕の目の前でカップルが誕生した。
いや彼と彼女は既に一度肌を重ねている。
だから正確には今より少し前からカップルと呼べたかもしれない。
手を繋いだ二人の前には広い草原が広がっていて、
足首までの長さに生えた草が風に揺れている。
そこには”一組の男女以外は誰も居ない”。