今年で23度目の冬を迎えた有野光。
彼は家を離れて仕事を勤めていたが今の自分に不安を覚え、会社に辞表を出した。
退職まで僅か2ヶ月の間、実家とは離れた土地で知り合った人達と酒を飲んだり、次のやりたい事を探す。
実家に帰るまでに変わらなかった"これまでを"変えていこうとする物語。


甘党


・「立ち上がってみようよ……もう一度。」


真剣な表情で彼女は僕に向かってそう言った。


いや、正確には”僕”に向けた言葉じゃない。


彼女は僕にそう言いながら手を差し出してくれる。


これも僕に向けられているが、


決して”僕”に差し出された手では無い。


肩まである彼女の白髪が風で優しくなびいている。


「うん、試してみるよ、もう一度……君が勇気をくれたから。」


そう言って彼女の手を取り、立ち上がった。


今この瞬間、僕の目の前でカップルが誕生した。


いや彼と彼女は既に一度肌を重ねている。


だから正確には今より少し前からカップルと呼べたかもしれない。


手を繋いだ二人の前には広い草原が広がっていて、


足首までの長さに生えた草が風に揺れている。


そこには”一組の男女以外は誰も居ない”。