私、霧島玲奈、十六歳。平凡な高校生だ。趣味は、ゲーム、アニメ鑑賞。兄の影響で、オタ的な趣味が多いが、人生に彩りが出て助かっている。友達もそれなりにいて、親友は一人。日向朱莉。朱莉は私と違って、きれいで可愛い。私も可愛いくないことはないと思う、というか、思いたい。しかし、残念ながら生まれ持った容姿とそこから、生じる待遇の差というのは残酷で、劣等感を感じるときがないでもない。というか、今まさに感じている。
「返事聞かせてもらえる」
うるんだ瞳と目が合った。瞳に反射する夕日がきれいだった。あと、緩やかで艶やかな髪も。私もよりもきれいなんじゃないかしら。男のくせに憎らしいという気持ちと、うらやましいという気持ちが交錯する。夕日の差し込む放課後の教室、二人きりというシチュエーション。そういうエモーションな雰囲気がよく似合う。鷲尾咲夜はそういう男だった。中世的な顔立ちも相まって、絵になりすぎて気おくれして目を逸らせた。
「やっぱりダメかな」
距離を詰めてきた。思わず後さずった時に体が机に当たる。ギッシと机のきしむ音が妙に生々しく聞こえたてビクッとした。視線を彷徨わせた先に、上目遣いにこちらを窺う瞳と目が合う。勝手に色気を感じてドギマギした。自分のことカッコいいと思ってやってのかな。むしろそうであって欲しい。そうじゃなかったら余計にたちが悪い。なんだか脳みそが混乱する。混乱しているから、つい、
「私でよければ」
と言ってしまった。すると、彼の顔が華やいだ。安心と歓喜。そういう表情をするんだ。なんだか可愛いな思ってしまった。詳しくは帰ってからね、また連絡すると言って彼は帰った。
一人残された私は、恥ずかしさと惨めさ、早まったことをしたかもしれないという後悔に包まれた。
「隣のクラスの日向朱莉さんとの仲を取り持って欲しい」
というのが、鷲尾君の弁だった。そうであって欲しくないという願望が打ち砕かれた瞬間でもあり、高校に入学して彼の存在を知って以来、温めていた恋心みたいなものが打ち砕かれた瞬間でもあった。帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに飛び込んでみても、胸が痛いままだった。現実感のないままに時間が過ぎていった。
実際、彼はモテた。色白で大きな瞳、高い鼻にシミのない肌。黒く長く力強いまつ毛と二重瞼はクラスの男子、というよりアイドルだった。ドラマや漫画、アニメの世界の住人みたいで、なんとなく朱莉を連想した。
私立の高校で、男子の人数がやや少ないこともあって、彼はすぐに注目の的になった。二、三年の先輩でも彼の姿をひと目見るために、わざわざやって来て騒いでいた。テニスコートを歩けば、名前を呼んで手を振られ、キャー、キャー、言われ、日直が一緒になった女の子は、挙動が不自然になって過剰に仕事を頑張ろうとしたり、無理して話しかけようとして空回っていることがよくあった。その一名は私だった。いや、キャー、キャーは言っていないけど。そういう子に対して、鷲尾君は、自然に手を振り返し、制服が汚れそうな黒板、教室掃除は率先して行い、日誌の記述は相手の子に任せていた。そういう気遣いが自然にできてむしろイヤミに感じてしまうこともあったが、それは好きの裏返しというやつで、実際私は、彼のことを目で追っていて、例えば、日直のときは、彼がゴミを集め終わった瞬間に即座にチリトリを持っていた。今思うとなんのアピールにもなっていない。いないが、
「すごい、気が利くね」
と言われたときは、それだけで顔が赤くなった。自分のチョロさにも腹が立ったが、それ以上に嬉しかった。授業中は彼の横顔をチラチラ眺めるのが楽しみだった。あんまりジロジロ見るのは恥ずかしく、周りからもバレるのが嫌だったから、限界まで、目を端にやって、斜め後方に座る彼の顔をチラ見した。鷲尾君は一番の席の後ろ側だった。そういう行為が気持ち悪く、馬鹿々々しいことも承知であったが、私は真剣だった。つまらない授業中でも彼の顔をチラ見する努力をし、彼のことを考えている間は楽しかった。
あぁ、さようなら鷲尾君、さようなら私の三次元の二度目の初恋。まぁ、もともと叶うはずもない恋だったのだ。いい夢を見させてもらったと考えよう。そうだ、他のクラスの子達も言っていたではないか。鷲尾君はカッコいいけど観賞用だとか、一緒にいたら私よりもきれいでしんどそうとか、二人きりになったら緊張してかえってストレスとか。そうそう、それこそ日向さんみたいに別格の美人じゃないと、とか。
そういう言葉の裏側に自分を諦めさせよう、何もしない自分を正当化させようという響きを感じたのは、私が彼のことを好きだったからだろうか。姦しさの中に虚勢といったら大げさだけど、何か切なさを感じたのは気のせいだろうか。私が勝手に深読みしただけだろうか。考えても仕方がないことだった。
しかし、朱莉か。中学時代、彼女から彼氏を紹介されたときのことを思いだす。私は朱莉の彼氏に一目惚れして、そして、告白する権利も振られる権利も与えられないまま終わった。
三次元の初恋だった。
携帯が振動する。サイレントマナーが私のデフォルトだから慣れない。わざわざバイブ状態にしているのは、鷲尾君からの連絡を待っているからだ。どういう形であれ、彼から連絡が来るのは嬉しいという気持ちがあり、かいがいしく待っている自分が惨めでちょっと笑えてきた。ドキドキしながら、確認すること三度目。鷲尾君からだった。三度目の正直、携帯のディスプレイに彼の名前が浮かびあがるだけでドキっとした。「今日はありがとう。突然ごめんね。早速なんだけど、日向さんのこと知りたいから、今週末一緒に出掛けない?」
ベッドから跳ね起きた。予想はしていたし、まぁ、想定通りの内容だけど、そうでもドキドキする。淡泊な文面も彼が打っているところを想像すると愛おしかった。出掛けるのか、鷲尾君と。これはデートになるのか。デートに。いや、落ち着け。それはおかしい、私は今混乱している。鷲尾君は朱莉のことが聞きたいのであって、私と出かけたいわけではない。ハイ、復唱、キモに命じる。そもそもあれだけ傷ついたような素振りをしておいて、これだけ明確に脈がないことがわかっていて、胸がときめくことがおかしい。脳と心が誤作動を起こしている。傷つくことに疲れて、判断が鈍っているのかしら。あぁ、とりあえず、早く返信をしないと。「了解。日曜日の午後からでいい?」自分を戒めるためにそっけない文章を送ったのは敢えてだ。流れるように、ランチも一緒に取ることが決まった。
日曜日は晴れだった。待ち合わせ場所は駅前。北海道ではないけど、時計台が目印にちょうどいいので、近くで集合の予定だ。正直、男の子とデートは初めてなので、服装からしてよくわからない。いや、デートじゃないんだけど。とりあえず、ネットでググって、サイトを見まくる。見まくる。朱莉に聞くという選択肢も浮かんだが、それは流石にやめた。一応、参考までに兄に聞いたら、「とりあえず、ズボンじゃなくてスカートの方がええやろ、デートで女の子がズボン履いていたら、失礼ながらがっかりする。あくまで俺はだけど」とか言ったので、花柄のスカートとワンピースを着ていった。絶対に普段はこんな服は着ない。というか花柄があざというような、子供ぽいような印象を受ける。それが嫌でパステルカラーの落ち着いた色合いのものを選んだつもりだけど、それはそれで、なんだか、年寄りくさいような、いやでも、まぁ、意識しているのは私だけなのだろうし、あんまり可愛くしていきすぎるのも、違う気がした。それこそ自意識過剰なのかもしれないけど。
「早いね。まだ、集合時間の三十分前だよ」
驚いた。先に着こうと思っていたのに、鷲尾君の方が先に来ていた。待たせていたのなら、申し訳ない。
「いや、鷲尾君こそ、ずいぶん早くない。待たせちゃった?」
「人を待たせるのあんまり好きじゃないだけだよ。それより私服可愛いね。似合ってる」
シレっと褒めてくるところに経験値の高さを感じる。あんまり自然すぎてなんとも思ってなさそうなところがイライラというか、モヤモヤした。
「じゃ、とりあえず、お店に行こうか」
鷲尾君が紹介してくれた店は、オーガニックカフェというやつで、プレートに玄米と彩り豊かな野菜が並んでいて美味しそうではあった。あったが、こじゃれた雰囲気に違和感なく調和する鷲尾君の方が気がかりで、実は食べるものなんてなんでもいい気がした。テラス席に座って、改めて彼と向き合ったけれど、彼は夕日だけではなく、晴天の下に居ても絵になるのだなと思った。特におしゃれに気を使っていると風には感じない。ただ、黒いチノパンに白ジャツにセーターが、私の中の彼のイメージにぴったりで、それを着慣れているのがうれしかった。
「朱莉の話よね」
見つめているのが気まずくなって目を逸らしながら、本題に切り込んだ。早く帰りたいような、一緒にいたいような気分から解放されたかったのかも知れない。
「そうそう、彼女と君のことが聞きたくて呼び出したんだよね」
鷲尾君は、そういう私の苦悩を全然知らないみたいに食いついた。
「霧島さん、日向さんと仲いいからさ、日向さんがどんな人か知りたいと思って、ごめんね。わざわざ休日に」
「別にいいよ。稀によくあることだし、気にしないで」
そう、よくある話だ。
「朱莉とは、いわゆる幼馴染ってやつで、小さい頃から仲がいいの。親同士の付き合いもあるし、幼稚園から、小学校、中学校、高校と一緒だから、こういうこともあったしね」
まぁ、流石に高校は別れようと思っていたけど。というより、受験本番で体調を崩すなんて、初歩的なへまをするなんて、思いもしなかった。第一志望の学校に入れなくて腐っていたのはいい思い出だ。鷲尾君を意識するようになってからはそんな思いもなくなったけど。
「へぇー、すごいね。じゃ、やっぱり日向さんは小学校くらいのころからモテたの?」
「まぁ、そうね。小さい頃から可愛かったし、近所でも評判だったよ」
まぁー、朱莉ちゃんは可愛いねわ。あぁ、霧島ちゃんも可愛いね。という具合だった。基本的に朱莉の方が先に賞賛され、私の方は後から付け加えられた。
「小学校高学年くらいから、接点のある子を次々と恋に落としていった感じかな、一緒に保健委員やってた子とか、修学旅行で班が一緒になった子とか、調理実習で同じグループになった子とか、だいたい朱莉を好きになっていったと思う」
「そこまで行くと大変そうだね。色々とトラブルもあったんじゃないの」
「うーん、それが案外そうでもないのよね。なんだろう、女子も朱莉は特別だと思っていて、ファッションリーダーみたいなものでマネする子も多かったし、別格にモテていても、まぁ、しょうがないかって感じ」
実際、朱莉の周りに色恋がらみのトラブルはほとんどなかった。スクールカーストというほど、厳然としてものがあったわけではないけれど、なんとなく存在するヒエラルキーの仲で朱莉は特別、終身名誉監督みないもので、面倒くさいトラブルは対岸の出来事だった。だから今も鷲尾君と日向さんなら、いいかもと言った空気ができているのだ。朱莉も鷲尾君も知らないからこういうことになっているのだけれど。そういう朱莉と幼馴染だったことで、私も色々な人間関係から一歩退いた位置になっていたと思う。
「霧島さんは?」
突然名前を呼ばれてビックリした。
「えっ、何」
「霧島さんはモテなかったの?というか、そんなにすごい日向さんと一緒だったら、色々と大変だったんじゃない」
大変だったんじゃない、とは何を指しているのだろうか。朱莉と仲が良かったから周りから色々言われたんじゃない、という意味なのか。それとも、もっと突っ込んで、劣等感とか感じないのとか、好きな子ができても取られたりしたことがあるんじゃないの、という意味なのだろうか。
「えっと、いやー、私は全然モテなかったよ、オタク気質で、家にいる方が好きだったし。あんまり積極的に男子と絡む方じゃなかったし」
隣に朱莉がいるとマネージャー扱いされることもあったし、とは言えなかった。
「ふーん、別に今言ったことそんなに問題ないと思うけどな。というか、結構可愛いと思うよ、霧島さん。そうやって、ストローの袋を結んで遊んでるところとか、特に」
「いや、ちょ、やめてよ、恥ずかしい」
なんとなく手持ち無沙汰で遊んでいたところを何気なく指摘されて焦る。なんだろう、クセってわけじゃないんだけど、緊張していたことがバレたみたいで本当に恥ずかしかった。
「あのさ、今みたいなこというのやめてくれない。本当に」
「ごめんごめん」
「本気で反省してる人は繰り返して言わない」
「霧島さん、ごめんね。本当に悪気はなかったんだ。でもそういうの可愛いって思う人もきっといるよ」
「だから、その可愛いというのをヤメロ」
ちょっと語感が強くなってしまって、しまったと思ったけど、鷲尾君は笑っていた。
「悪かったよ。次のところおごるから許して。霧島さん」
拝み倒すよなポーズを取りながら言った。鷲尾君はズルいと思った。
やはりというべきか、鷲尾君は自然と車道側を歩く男だった。歩調もこちらに合わせてゆっくりと歩いているのがわかる。別にそれ自体がすごいことなのかはわからないけど、その自然さが良かった。多分、私が重い荷物を持っていたとしても、彼は自然と持とうとしてであろうし、断ったとしても、その断り具合から、もう一歩つめるか、サッサと離れると決められるような、余裕さ、四字熟語でいうところの泰然自若、そういうものを感じるのがよかった。
「ハイ、チケット」
鷲尾君がチケットを手渡す。指に触れようか、触れまいか、一瞬迷って触れないようにもらった。
今日は一日空いてるんだね、と確認されて、ええ、まあ、うん、と曖昧な返事をしたら、じゃ、遊園地に行こうよ、チケット余ってるし、と言われて今に至る。それにしても遊園地なんて来るの久しぶりだ。近いといえば近い距離だけど、意外と行かない。日曜日の遊園地は混雑していて、何から乗るべきか迷ってしまう。
「とりあえず、最初からジェットコースターにでも乗ってみる」
冗談と思っていたが、鷲尾君は真剣みたいだった。
「いや、最初からそれはハードルが高くない、それに待っている人も多いし」
「そうかな、おいしいものから食べたほうがいいじゃない。最初から一番メインに行くのもアリかなと思うけど、そういうなら、コーヒーカップにでも乗ろうか」
というわけで、コーヒーカップに乗った。先に乗って差し伸べた彼の手を、いや、別にいらないやろ、とか、さっき、チケットをもらうときに葛藤した意味とは、とか、色々な考えが浮かんだが、差し出されたものをスルーできるほど、上品には生きてこなかったので、手を取った。いざ、回るとなると結構全力で回すタイプらしく、子供の頃の想像よりもカップは早く回った。景色をもっと見るべきかもしれないと思ったが、私は鷲尾君の手を見つめて、血管が浮き出ているのが、生々しいな、華奢で色白で細く見える彼の手にこれほどの力が隠されていたことが、感動とまでは言わないけれど、なんとなく、胸に迫った。
気がつくと、時間が結構すぎていた。コーヒーカップに始まり、ジェットコースター、急流すべり、バイキング、と堪能しているとあっという間だった。もうちょっと緊張するかと思ったけれど、鷲尾君が子供みたいにはしゃぐから、つられて自然にふるまうことができて楽しかった。楽しかったが、
「最後に観覧車に乗ろうか」
と鷲尾君から言われたときは流石にドキッとした。二人で観覧車に乗るところを想像すると改めて、彼は異性で男の子で、ついこの間まで私が好きな人だったんだな、ということを自覚してしまった。まぁ、でも最後だからと自分でも言い訳になっていないとわかる言葉を言い聞かせながら、
「いいね、乗ろうか」
と言った。待ち時間がやたらに長く感じた。
観覧車は好きだ。ゆっくりと上に上がっていきながら、周りや町の景色を見るのが好きだ。徐々に上がっていく高揚感と、遊園地で遊んでいる人がオモチャみたいに小さくなっていくのを見ると、なんだか、あの人たち全員に人生があって、全然違うことを考えながら生活している、ということが不思議な気がする。
「楽しそうだね」
鷲尾君が私を見ていた。夕日に照り輝く彼はやはり美しかった。
「今日一番の笑顔って感じ」
まぶしそうだった。
「観覧車好きなの。鷲尾君も好き?」
「観覧車は普通、でも今好きになったよ」
うぇ、思わず変な声が出そうになった。今のどういう意味。動転している私に気がつかないのか、鷲尾君はカラオケができるんだ、せっかくだから、一緒に歌おうか、と言ってマイクを渡してきた。歌い終わったらちょうど、降りるタイミングだった。
沈みゆく夕日を見ながら、私と鷲尾君は並んで公園を歩いていた。帰り道の脇にあったのを見つけたのだ。夕日を見ていると一日の終わりを実感する。なんだかんだ有意義な一日だった。国語の教科書に載っていた短歌じゃないけど、私はきっとこの思い出を一生覚えているんだろうなとか、考えていたら
「霧島さんはさぁ、僕のこと好き?」
とか言われて脳がシェイクされた。ホワイ、パードン、どういうこと。
多分、困惑して馬鹿みたい口を空けているであろう私を見て鷲尾君は笑った。なぜか寂しい笑いだなと頭の片隅で思った。
「ごめん、急に変なことを言って」
鷲尾君と目が合う。鷲尾君の瞳の中に私が映っている。やっぱり、私は口を空けていて、事態においていかれたような顔をしていた。朱莉だったら、こういうときにどんな顔をするのだろう。
「なんていうんだろう、違うな、僕が霧島さんのことを好きなんだな。好きであって欲しいっていう願望だったんだな」
ボクガキリシマサンノコトヲスキダッタンダナ、日本語上手く認識できない。右耳から左耳へ言葉が滑っていく感じがする。こういうのを馬耳東風っていうんだっけ。
「あれ、え、なんで、朱莉は??」
「あぁ、うん、それはねぇ」
鷲尾君の口角が挙がる。自嘲?冷たい笑いだった。
「断られたくなかったんだ」
私から目を背けた。知らない人みたいだった。
「僕はさ、自分でいうのもアレだけど、けっこうモテる方でさ、顔も今風の顔してるというか、ウケは悪くないし、それによって受けられる恩恵も享受してるわけよ。でも、なんだろう、顔だけっていうか、自分に自信がないんだよね。不自然じゃなかった?今日も。急に遊園地に行こうとか言ってみたり、いや、そもそも突然、放課後に声をかけて、その週末に誘うのも強引じゃなかった」
私がうすぼんやりと思っていたことや、逆に全然発想もしていなかったことを早口でまくしたてる彼に、なんだか親近感を覚えた。覚えたが、口に出た言葉は全然別の言葉だった。
「朱莉じゃなくていいの?」
「やっぱり日向さんのことを気にするんだね」
知ってた、と言いたげだった。
「最初は、日向さんだったよ。周りも色々言ってくるしね。実際、彼女は美しいよね。精巧な仕上がりの彫刻みたいな横顔、ゆったりとほほ笑む口元、清廉さと色気が混在しているのは、同い年って感じがしなくて、惹かれないでもなかった。小説の主人公みたいだよね」
淡々と話す鷲尾君は何かの痛みに耐えてるようだった。私はずいぶんと大げさな形容をするんだな。とか、他人事みたいに聞いていた。
「でも、なんだろう、彼女を見ていると、なんだか嫌な気持ちになるんだよね。それがなんでか、僕はわからなかったんだけど。そのわけが知りたくて彼女を観察してたら、霧島さん、君のところへ行く日向さんを見たんだ。そのときさ、霧島さん、一瞬だけど、すごい嫌な顔をしたよね。あぁ、また声をかけられてしまったな、みたいな顔をしたよね。それが何か、たまらく魅力的だったんだ」
一息ついた。
「ごめんね、要領を得なくて」
困ったように鷲尾君は笑った。いつの間にか、日が暮れていた。街頭が灯る。街頭に照らされた彼はやはり美しいなと思った。
「ううん、ありがとう正直に答えてくれて」
私はなんとなく、わかった。なぜ、彼が朱莉ではなく、私に声をかけてくれたのか。彼はきっと朱莉を見ている。いや、朱莉を見ながら自分を見ているのかもしれない。そういう朱莉を嫌いながらも、受け入れている私に興味を持ったんだなと思った。面倒くさくて贅沢な人、きっと好意に飽きているんだろうな
「私も鷲尾君が好きよ。入学したときからずっと好きだった」
これは賭けだ。彼自身にもわかっていない彼の心をつなぎとめることができるかの賭け。賭けに勝ったら、私は朱莉をどう思うようになるのだろうか。
「だから、付き合いましょう。鷲尾君」
鷲尾君は笑った。普通の男の子みたいだった。