王子様は私のそばにいた

作者fuura

薫はバリバリのキャリアウーマン
後輩の及川とは良きパートナー
及川は人の良い男。
薫の面倒を公私共に面倒見ていた。
というよりこき使われていた。

休憩室で缶コーヒーを飲みながら、赤い携帯をいじってる薫に


「どうしても今日は駄目なんですか?」


及川がすり寄っててきた。

薫がいじる、赤い携帯に目を向けたが、さも、見てないふり

をして、薫の横に座った。


「そんなに、くっつくな!」


薫が、大げさに横にずれると、及川の顔が崩れた。

泣きそうな顔だ。

男もまさりの薫は、男の涙は大嫌いだ。

しかし、及川の泣き顔には、弱い。


及川の芯の強さを知っているし、おいそれと泣かない男である

ことも知っている。


泣き顔を見せるのは、薫にだけだ。

ちゃんと計算している。

その計算が憎めないから、よけいに困る。

その、薫の弱みを、及川は今日も突いてきたのだ。


気持ち、薫の方に膝を詰めると、缶コーヒーを一気にあおり緊張した

顔で、及川が又言った。


「今日会ってください。」


「今会ってるじゃないの」


と言っても、ぜひ、薫の家で会いたいと、しつこくせがんでくる。


及川は気のいい男だ。

薫より5つも若い。

可愛い後輩だ。

嫌いではない。

母性本能とでもいうか・・

本当は、薫の心もくすぐられっぱなしだ。


吸いこまれそうな笑顔で頼まれると、

つい決心がぐらつくが、さすがに今日はダメだ。


大切な儀式がある。


5年も待ったんだ。

今日だけは、どうしてもダメだ。


「じゃあ・・こうしましょ。よくなる時間教えてください。

 いつでもいいんです。とにかく今日お話したいんです」


いつになくしつこい。

及川がこんなに強引に頼んでくるのだからよほど急用なのだろう。


さては・・私に惚れたな・・と

毎度の冗談の一つでも言おうとしたが、どう見ても今日の及川には似合いそうにないジョークだ。


「でもわからないの。いつになるか」


そんな素振りは露もみせず、冷たく言い放つと


「恋人と会われるんですよね、今日は」


探るような目で及川が薫を覗いてきた。

手に持った赤い携帯を揺らしながら、薫は驚いて及川を見返した。

下から、ぬぼーーと現れた及川の顔は、真剣そのものだ。


いつもと違う・・感が、妙に薫をうろたえさせた。

というより、覗きこむ及川の髪が丁度薫の鼻に近づき、その及川の匂いに驚いたのだ。


薫は慌てて視線を外した。

一瞬、微妙な空気が流れた。

陽炎の空気だ。


及川の香りに引きつられるように、勝也の影が、頭をよぎった。


「恋人・・?」


およそ、及川らしからぬ発言だ。


おかしいぞ・・粘り強いだけじゃなく、妙に生臭い。

男の香りをぷんぷん匂わせて迫ってくる。

なんなんだ、こいつは。


薫が睨みつけると、及川は急に気弱になり、しぼんでしまいそうなぐらい、小さくなってしまった。


いつもこれだ。

いいところまでは、強気でくるのだが、薫が一言言うと、直ぐ退散してしまう。


及川とは、もう5年来の付き合いだ。

仕事上の先輩、後輩ではあるが・・。


恋愛感情など、もちろんない。

と、薫は思っている。

いや、実際無い。


先輩と後輩だ。

仕事仲間だ。

自分は五つも年上の先輩なんだから。

恋愛感情など、あろうはずがない。


そんな及川が、薫の異性関係を聞いてきたのだからびっくりだ。


今まで一度だって聞いてきたことはない。

いや・・あったか・・

・・たぶんない。


急に悪戯心が芽生え、思わず


「恋人・・かもね」


と答えてやった。

及川が、目を剥いたようにも見えたが、気のせいか。


しかし話し自体は、まんざら嘘ではない。

恋人はいる。

いや・・いた・・か。

いいや・・まだいる状態だ。


その恋人を、5年待った。

今日がその色恋の決算だ。


今日こそ、あいつに最後通告をしてやるんだ。

今日はその為の、最後の儀式の日だ。

たとえ、かわいい後輩の頼みといえど、

今日だけは聞いてあげるわけにはいかない。