あの夏のリプレイ

作者あつき

交通事故で両足が動かなくなったサラリーマンがダウンロードしたアプリ「夢見アプリ」を使い、夢の中で過去に戻り初恋の女性「まどか」に自分の気持ちを初めて打ち明けるが

『住所 大阪府大阪市◯◯区

生年月日 1979年10月10日

年齢35歳

氏名 篠田 圭一

職業 会社員

パスワード 1979@chiyo』


男の割には小さく丸い手でスマホに打ち込む。


最近のスマホはやたら大きくて、打ちづらくて敵わない。


暇つぶしに見つけた「夢見アプリ」とかいうよくわからない

アプリに自分のプロフィールを打ち込み、ポケットから煙草を

取り出す。


「くそっ」


今日、二箱目の煙草も切れてしまった。


こんな事なら素直に映画でも見に行けばよかった。


35歳のおっさんが朝からパチンコで目を血走らせて、昼過ぎにはオケラになっている。


我ながら虚しすぎてどうしようもない。


結局、アプリも開かず少し遅めのランチをスーパーで選ぶ。



あっちの唐揚げセットは480円、でもコロッケセットなら280円で済む。


さっきまで千円札を湯水のように注ぎ込んでおきながら、

今更200円の差に悩み続ける自分を周りの主婦が冷やかに見ている気がしてならない。


結局、280円のコロッケセットに50円の値引きシールが貼っているプリンを買ってそそくさと家路に着いた。


ベランダから蝉の鳴き声が聞こえる。



この時期になるといつも思い出す。


高校生のあの頃、泥まみれになってボールを追いかけていた毎日。


鬼監督から目を盗んで飲む水道の鉄の匂い。


万年予選落ちの吹奏楽部の音が綺麗な夕焼けの中だと少しだけ素敵に聞こえたあの日。


学校帰り、汗臭い丸坊主達に文句も言わずいつも笑顔でたこ焼きを焼いてくれた「まる屋」のおばちゃん。



ソファでうとうとしながら窓の隙間から吹く夏風にノスタルジックな気持ちを乗せて数少ない休みの午後が過ぎていく。




「まじか」



眼が覚めると時計の針は丁度12時を指していた。


情けない気持ちが胃の中で溜まっているかのように身体が重い。


仕方なくソファから起き上がる。


「うぇおぁぇおあ!」


ただ起き上がる作業なのに中年で太りきった身体の自分は

どっこいしょを通り越した得体の知れない声がついつい出てしまう。


一週間分溜まりに溜まった洗濯物を洗濯機にかけ、夜のコンビニに煙草を買いに行く。


スマホに目をやりながら夜の街をだらだら歩く。


《着信1件有り》


母親からだ。


最近は旦那へのフラストレーションを息子に愚痴る事で発散する方法をあみだしたようだ。


3日に一度のペースでかけてくる。


こっちは愚痴に付き合うだけでなく、休みの日の着信が母親だけという事実で二倍のダメージを受けるっていうのに。


《メッセージ1件》


夢見る貴方を待っています


昼間ダウンロードした「夢見アプリ」からだった。


「夢の中で貴方の夢を叶えよう」とだけ書かれた説明文に何故か心惹かれダウンロードしてしまったが、イマイチ胡散臭くて開ける気にならない。


同じ年代のコンビニ店員に弱気な会釈をし、煙草買って出る。


身体の事を考えて1mgに代えた煙草を深く吸い込む。


この所よくこめかみに謎の痛みが走る。


夜の景色に溶け込んでいく煙を見ながらやっぱり1mgでも身体に悪いのは変わらない事を痛感させられる。


横断歩道の信号が青に変わり、下を向きながら歩く自分の視界にいきなり閃光が駆けた。


「クルマ!」



何が言いたかったのかは自分でもわからないがとにかく自分が跳ねられた事は理解できた。


酔っ払った様に視界が歪んでいる。周りから聞こえる声が反響して聞こえ、何を言っているのか聞き取れない。


自分は恐らくこのまま死んでいくであろう事を想像した。


地面に横たわり、動けなくなった身体は冷たいコンクリートとぴったりとくっついている感覚の中で、現状を諦める様にゆっくり目を閉じた。