墨で塗り潰されたような闇に、雲間から垣間見せる夜[よ]半[わ]の月。
その月明かりに照らされて、薄暗い蔵[くら]の中に、一人の老婆の姿が見えた。
老婆の名は、おふね。
おふねの両腕に大事そうに抱えられた、ひとつの人形があった。
その人形の唇は赤く、頬は白く、瞳は大きく愛らしい。
髪の毛は艶やかで、手[て]櫛[ぐし]でとげば、するすると滑[なめ]らかに指が通る。
おふねは、手櫛で人形の髪をとぎながら謡[うた]いだした。
かわいい娘 かわわい娘
にくき問屋[とんや]に うばわれた
問屋の息子 娘をさらい
わたしはひとり のこされた
おふねは謡うと、涙をこぼした。
人形を強く抱いて頬をすりよせた。