繭結理央

ノンフィクションではない
経緯が手っ取り早く描かれるため、読者は“事実の重き”を推し量れず、だからこの独白劇はノンフィクションではない。



『世間にまけない』
『世間の目も怖い』

矛盾。妊婦ならではの迷いと捉えればいいのか? というか著者のいう“世間”ってなんだ? 社会一般の人々? 同級生? それともマスコミ?

凌さんの母親の涙に対して「なんで?」と訝かる点にしても、なぜ訝かりが先に出てきたのか? つまり、その直後の土下座はなんのため?

……等々。

歓迎されなければ怪訝になり、許されれば“支え”と思う。些か身勝手に感じるが、著者の人となりを知る手掛かりさえあれば「身勝手だ!」という感想を超えた評価もできただろう。

でも、この独白劇にはそれがない。

“事実の重き”がなく、読者が完全放置。



例えば「育てられないなら産むな」と私は思わない。生まれた命に蓋をしての議論となってしまうから。“事実の重き”を入手できなかった今、つまり、私はただ著者の子を肯定したいと思う他に読了感がなく、それがあまりに一元的で、まったく文学を感じなかった。