雲流 彩雨

素晴らしいからこそ
 素晴らしい。他のどの作品からも頭一つは抜け出ていると言っても過言ではない。
 流れるように美しい文章は年齢とともに考えても、豊かな文才が窺える。
 そして、発想が面白く、深く考えさせられる読み応えのある作品。普段、僕たちが当たり前のように蓄積していく記憶というものがどれ程に大切なのか――。
 ただ、作者様に期待しているからこそあえて辛口に言うと、少しリアリティが足りないと感じた。
 例えば、裁判での、日和への弁護。冬哉はサースなのだから、おそらくは裁判などにも慣れているはず。ならば、「歩いての時間」を証拠として提出しても、「走れば良い」と簡単に切り返されることはわかるはず。現実の裁判というものは、両者が覆しようのないような証拠を突きつけ、それでもどちらかがそれを覆すといった、極限でのせめぎ合いを繰り広げる場なのだと思う。だからこそ、この辺りをもう少し突き詰めてほしかったと思う。ミステリーに慣れている読者なら、指摘される前に「その証拠はちょっと……」と思ってしまうかもしれない。
 素晴らしい才能を持っていると思ったからこその評価。作者様はまだまだ高みを目指せると思います。