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妃沙

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基本傾向としてシリアスファンタジーが多いです。ラブ要素も頑張って詰めます。


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※『竜は、生贄の娘を溺愛する』完結。
→長編。ファン登録40感謝の番外編完結。

『竜は、生贄の娘を溺愛する2』連載中…

『氷の心を溶かすには、』SS

こちらは、バレンタインSS(大遅刻)です。
登場人物は『氷の心〜、』の二人がメインです。

紬ちゃんと翔はだいぶ仲の良い設定になっているので、if話としてお楽しみいただければと思います。

(………ほんとはこういう話にしたかったんだけどなぁという願望があったりするお話です(笑)。
ちなみに、翔は割とヘタレです。)

6,000文字くらいあるのでちょい長いです。すみません(・・;)




↓どうぞ!




 それは、突然の一言。

「明日! バレンタインだよね!?」
「え? えっと……そう、ですね……?」

 そう私に宣言してきたのは、夫である朝比奈翔さん。結婚してからもう少しで一年経とうとしている。そんな夫が、こうして声高に叫んだ日がまさかのバレンタインデー前日……。何があったのだろうか……?

「反応、薄くないかな……?」
「え? そうですか?」
「うん。なんか、思ってた反応と違う」
「……どんな反応を期待していたのですか……」
「照れているみたいな感じ?」
「大雑把すぎませんか……?」

 そう言いながら、私は翔さんの一言で止めてしまっていた手を動かし始める。ハンバーグのお供にと思って作っているポテトサラダだ。あとはマヨネーズを絡めて、塩コショウで味を整えれば完成である。

「紬さんはもうちょっと反応してくれてもいいと思うけどな!?」
「反応しましたよ? ちゃんと準備もしておりますし……」
「本当に!? 手作り……」
「市販のものですが、林さんにちゃんと連れて行っていただいたので」
「え!? 手作りじゃないの!?」
「えっと……はい。手作りじゃありません。市販のものです」
「なんで!?」
「え……えぇー……?」
「手作りを期待していたのに!!」
「……あの、結婚した時にあまりそう言ったもので手作りは好きではないとおっしゃられていたので……」
「あの時の自分を殴りたい!!」
「それはできないので諦めたほうが……」
「分かっているよ!? 冷静に突っ込まれると立場ないからやめよう!?」
「す、すみません……」

 うあぁぁああー、と髪をガシガシと掻き乱している翔さんを見つめて、そんなにも手作りが良かったのだろうかと思わず考えてしまう。けれど、もう買ったものを用意してしまったし、何個も何個も渡すのもなんだかおかしいような気もする。
 そう思いながら大皿に盛り付けをして、テーブルに準備を進めていく。
 その間にも、翔さんはずっと唸っている。大丈夫かと思ってそっと声をかけようとしたところへふっと元気がなくなった。

「うん、仕方がないよね……」
「え?」
「言わなかった僕も悪いし……うん、気にしないで」
「……」
「でも、来年は手作りにしてくれると嬉しいな。だいぶ気が早いけど、予約、してもいい?」
「……はい……」
「うん、ありがと。じゃあ、ご飯食べようか? せっかく紬さんが作ってくれたんだから」

 そう言って、私たちは夕食を食べたのだった。





「え? 今から?」
「はい」
「出かける?」
「はい」
「え? どこに? どこに行くの?」
「林さんのお宅に……愛さんと少し約束がありまして……」
「今日……バレンタイン……」
「……す、すみません……」
「一緒に過ごせると思って、仕事頑張ったのに……っ!」
「す、すみません…っ!」

 一歩遅かった……っ! と心の底から思う。どうにも、林の奥方は僕から紬さんを奪っていくのがうまくて仕方がない。今日ぐらい、遠慮してくれてもよかったと思うんだが……っ!

「……いつ頃帰ってくる?」
「えっと、夕方にはごろに……」
「そんなにも遅いの!? せめて昼ぐらいにできない!?」
「そ、それは……えっと……」
「少しでも一緒にいたいんだけど……だめ?」
「……すみません、お昼までに用事を終わらせることは約束できないんです……でもあの、夕方には、帰ってくるので……!」

 必死に言葉を探している彼女を見て、自分を情けなく思った。これ以上、困らせてはいけない。

「……そっか。しょうがないよね、気をつけて行ってくるんだよ」
「……翔さん」
「僕は今日は家でのんびりとしているから。行ってらっしゃい、紬さん」
「……はい。行ってまいります」

 そう言って、彼女が背中を見せて扉を開け外の世界へと羽ばたいていってしまった。
 しばらくその場で項垂れるように立ち尽くしていたが、ここにいても仕方がないと思い至り、リビングに戻る。そして、電話をかけた。

『あのな、翔。その程度のことで鬼のように着信を残すのやめてくれないか?』
「その程度じゃないからだろう!?」
『そもそも、事前に約束を取り付けなかったお前も悪いだろ』
「わかってる! 自分にしか怒りがぶつけられないけどそれだと虚しいから受け止めろ!」
『理不尽だし嫌なんだけど!?』

 僕の言葉にそう言って反発してくる颯太をそれでも無視してネチネチと言葉を紡いでいく。それがだんだんと悲壮感漂う言葉に変わってきたのをきっかけに、颯太が我慢できなくなったのか電話の向こうで大声をあげた。

『あーーっ! わかった! 分かったから!! 今からお前んところ行くから勘弁してくれっ!!』

 そう言って、電話をぶつっと切られた。……いや、別にきてくれなくてもいいんだが。何が悲しくてバレンタインを可愛い妻ではなく男と共に過ごさねばならないのか。意味わからん。
 その状況を作ったのは僕ではあったけれど、その時は本気でそう思っていたため、のちに颯太からそう怒鳴られるまで気づかなかった。
 ……すまないな。

「……ったく……、お前、なんでそんなうじうじと女々しいわけ? そもそもちゃんと最初に約束を取っていればこんな事にはならなかっただろうに……」
「サプライズしたくて」
「……なんで男のお前がサプライズするんだよ」
「海外では男の方が女性にプレゼントを贈るだろう?」
「なら紬さんにチョコをねだるようなことしてんじゃねぇよ……」
「紬さんからのチョコも欲しかった」
「強欲」
「なんとでもいえ!」
「はぁーあ、お前に呼び出されることがなかったら、自宅でのんびりと過ごすことができてたのに……」
「ん? ……自宅?」
「…………やべ」
「待て颯太! お前、じゃあさっきまで紬さんと一緒に……!?」
「なんだよ!? 確かにリビングでくつろいではいたけど、話なんかもほとんどしてないし! 第一、俺のお袋が彼女を誘ったんだろ!? 俺関係なくない!? 不可抗力だろ!?」
「いや! なんで僕ではなく颯太なんかと一緒に過ごしているのかが納得がいかない! 時間を巻き戻してお前家から離れろ!!」
「無茶いうな!!」

 そんな、本当になんの意味もない言い合いを、しばらくの間続けていた。………本当に情けないな……。



 このままでは完全に颯太に八つ当たりをしてしまう(と言ってもすでにしていたけれど)と思い、頭を冷やすためにも寝るわ、と言い、寝室に引っ込む。ただし、颯太を家に帰らせるということはイコール紬さんと同じ空間を共有させることということになるため、それはどうしても許せなかったため(狭量とでもなんでもいうがいい!)、颯太にはここに残って暇を潰してもらうことにした。
 スマホを充電するためにケーブルに繋いで、くるはずのない連絡を待ってしまう。
 ……やっぱり、紬さんにサプライズを考えてはいけないな。ことごとく失敗してしまう。今回のことでよくよく学んだ。
 次からは、きちんと予定をしっかりと立てて、紬さんの時間を確保しておこう。そう心におよく誓って、気づけばそのまま眠ってしまっていた。



 ……優しく、揺り起こす振動に意識がふっと浮上していく。誰だろう。こんなにも優しく、気遣うようにそっと揺すられて、また眠気が戻ってきてしまいそうだ。微睡に浸っている僕に困惑しているのか、遠くで鈴を転がしたような声で困惑の声を上げているのを微かに聞きながら、それでもまだこの微睡の中にいたくてうとうととしていると、ペチペチと頬を小さく叩かれる。全然痛くないのは相手が気遣っている証拠だろう。必死に声をかけてきてくれているその声が可愛くて、心地よくて。そのままふぅ、と意識がもう一度沈みそうになった瞬間。

 ――ごっ!! と思い切り痛みを自覚させられて飛び起きた。

「いったっ!?」
「おお、ようやく起きたか。紬さん、準備してやっててくれないか?」
「あ、はい! わかりました……」
「えっ、つむぎさ……!?」
「おはようございます、朝比奈様?」
「……颯太、お前……」
「いつまでったっても起きないお前が悪い。大体、あんな優しい起こされ方でお前が起きるはずがないのは分かってたしな。紬さんの優しい起こし方で起きるなら、と思っていたが、やっぱり無理だったからお前の意識が再び沈む前にゲンコツ一発。よくきいただろう?」
「……もう少し、優しく起こしてくれ……」
「それはすでに紬さんがやってたから」
「うぐっ!」
「起きないお前が悪い」

 そこまで言わなくても……と思いながら、ようやくベッドから降りるために足を下ろしてスマホを見れば、すでに夕方というよりも夜だった。

「なんで七時!?」
「お前が寝てたからだろ」
「……そうですね」
「なんでもいいけど、ちゃんと紬さんにお礼を言えよ、お前」
「は?」
「じゃ、俺帰るから」
「え、ちょ、全然状況がわからんのだが!?」
「リビング行けばわかるだろ」

 そう言って、颯太はさっさと帰ってしまった。なんと白状な……!
 そう思いつつ、少し寒い部屋に身震いをした僕は、そばのチェアにかけていた薄手のカーディガンをさっと羽織って颯太に言われた通りにリビングに向かった。
 そうして迎えてくれたのは、天使のように愛らしい笑みを乗せた妻である紬さん。

「翔さん、おはようございます」
「…………」
「お疲れだったのにすみません……私は、明日でもと思ったのですが、颯太さんが気にしなくてもいいと言って……あの、痛かったですよね? 私がちゃんと起こすことができていればよかったのですが……」
「……可愛すぎて、心臓が破裂する……」
「え?」
「気にしないで。うん」
「? そう、ですか? ……あ、えっと……お渡ししたいものがあるのですが……」
「ん?」
「あの、これ……」

 そう言って、彼女が一度背中を向けて両手に取ったものを僕に向き直って差し出してくれたのはチョコケーキ。……なんでチョコケーキ? と思って思わず紬さんを凝視してしまう。
 と、僕にじっと見つめられたことが恥ずかしかったのか、はたまた別の理由なのかはわからないけれど、頬を赤く染めて少しもじもじとしながら彼女が言葉を紡いだ。

「あ、あの……手作りが、いいと……昨日おっしゃっていたので、急遽作ったんです……」
「……え? これを?」
「は、はい……初めて作ったものだったので、全然上手にいかなくて……これが一番綺麗に出来上がったものだったので、食べていただきたくて……」

 恥ずかしそうにそう言って、上目遣いでこちらを見上げてくるこの破壊力たるや。そのまま撃ち殺されても悔いなんて何もない。

「これ、チョコケーキ……?」
「は、はい。一応……愛さんに教えていただきながらつくったので、味は大丈夫だと思いますが……」
「紬さんの作ったものならなんでもおいしいよ。……ありがとう。僕のために作ってくれて」
「! 翔さんに喜んでいただけて、よかったです……」

 ふにゃりと笑ってそう答えてくれた彼女を、思い切り抱きしめたかった。紬さんが両手にそのお皿を持っていなければ確実に抱きしめた。それはもうこれ以上ないほど強い力で……!
 抱きしめることができないことを悔やみながら、彼女が持っているお皿を同じように両手で受け取ってソファーの方に誘う。トコトコとついてきてくれる紬さんが可愛すぎる。とすん、と2人でソファーに身を任せながら紬さんが作ってくれたチョコケーキにフォークを入れれば、割れ目からとろりとチョコレートが流れてきた。

「! これ、フォンダンショコラ?」
「はい……よかった、ちゃんと、チョコレートが流れてきてくれて……!」

 横ではしゃいだ彼女を見つめながらもうこのまま本気で抱きしめたかったけれど、そういうわけにもいかず。一口サイズに切り分けて、中から出てきたチョコレートを少し絡めて口の中に入れれば、僕好みの少しだけほろ苦い味が口の中に広がる。甘いものも別の普通に好きだけれど、チョコレートはどちらかというと甘くない物の方が好きだって以前何かの会話の時にいった言葉を覚えていてくれたらしい。

「味は……どうですか? それ以外、本当に失敗ばかりしてしまって、私、実は味見もできなくて……って、そんなものを食べさせてしまってすみません……!」
「……すごく、おいしいよ」
「ほ、本当ですか? よかったぁ……」
「ありがとう。本当に、すごく、嬉しい」
「そう言っていただけて、嬉しいです。じゃあ、私は購入してきたチョコでも食べようかな……」
「あ、そういえば、そうだったね。ごめん。無駄なことをさせちゃって」
「いえいえ。私もチョコ食べたかったので」

 そう言ってにこりと微笑んだ彼女が一旦そばを離れて自室に戻り、その手に小さな紙袋を持って再び僕の隣に推しを落とす。……ああもう、かわいいな……!!
 ごそごそと隣で開封しているのを見ながら、紬さんが作ってくれたフォンダンショコラを食べ進める。出てきたのは、僕の好きなメーカーのチョコレート。……やっぱり、そういうのも考えて買ってきてくれているよね、君は。
 その手にもたれているのは“ベル アメール”というブランドのチョコレート。チョコレートを枡に見立てて中にジュレを入れたそれは、僕が割と好んで食べているチョコレートだ。見た目も綺麗だしちょっとした手土産などにちょうどいいものがあるし、種類も豊富なため、たまに自分でもネット通販などで購入して食べたりもしていた。
 それを彼女がわざわざ選んでくれたことに驚きと嬉しさが込み上げてくる。
 チョコを一つ摘んでそのまま口の中に放り込んだのを見て、行動に出てしまった。

「――僕にもちょうだい」
「!?」

 自分の手に持っていたお皿を目の前のローテーブルに置き、そのまま彼女の後頭部を片手で捕まえて自分の方に顔を向けさせる。驚いて見開かれた目を見つめながらそのまま唇を奪った。
 びくりと体を跳ねさせて慌てて体を離そうとする彼女を、後頭部を捕まえていない方の手を体の回して体を密着させる。逃げ道のなくなった彼女が羞恥で目を閉じたのを見つめながら、軽いキスを何度も何度も、繰り返していく。小さなリップ音が僕たちの間に幾度も繰り返されて、彼女が我慢できなくなって小さく口を開いたのを見逃すことなく、空いたその隙間から舌を差し込む。驚きの声を上げつつも抵抗できない彼女をそのまま堪能するように、じっくりと味わう。口腔内に残っているチョコレートが溶け切るまで、深い口付けを継続させる。差し込んだ舌で残っていないことを再度確かめてからゆっくりと、名残惜しく感じながらも離せば、息も絶え絶えの紬さんがくたりと体を僕に寄せてくる。

「うん。すごくおいしかった」
「〜〜〜〜っ」

 ぎゅうっと彼女を抱きしめれば、声にならなかったのか、無言でポカポカと僕の背中を叩いてくる。そんな行動もまた可愛くて。
 可愛いと言って額にキスを落とせば、さらに赤くなった紬さんを腕の中に閉じ込めながら、彼女が作ってくれたフォンダンショコラに舌鼓を打って。


 ――なんだかんだで、最高のバレンタインになった。


*終わり*

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