隣のキミSS
高校一年の初夏
放課後、教室にて、とある派手な集団が残って雑談を交わしていた。
ある者は羨望の眼差しを、ある者は恋焦がれた眼差しをソコに向けていた。
「佐原ってさー、すげーよな」
「ははっ、なにがだよ」
「いや、よく水瀬と絡めるよなーと思って。あいつちょーこえーじゃん。この間も挨拶しただけで犯罪者を見るような目付きで睨まれたんだけど」
「あー、低血圧なんじゃん? 朝弱いんじゃねーの」
そう言う問題でもない気がするんだけど•••と、雰囲気だけイケてる少年が胸の内で呟いた。
同い年とは思えぬ威圧的なオーラを身に纏い、人前で笑っている場面なぞ同じクラスになって一ヶ月経つが見た試しがない。
「俺といる時だって常に仏頂面よ? この間だって『お前って生身の女好きになれんのー?』って茶化したらめっちゃ怖い面で睨まれたんだけど」
「「「••••••」」」
ケタケタと軽快に笑う男こそ恐ろしいとこの場に居合わせた全生徒は思ったことだろう。
入学当初は毎日のように告白されていた男も罵詈雑言の限りを尽くして手酷く突っぱねれば次第に遠くから片思いを寄せられるだけの存在に成り上がる。
可愛いと評判の女からの好意を全て強めにあしらって、確かに今後誰かを好きになれるのか興味はある。
「つーかあの人間離れした顔で恋愛するとこがまず想像できん」
「分かるわー。手とか繋ぐの? 前の席の女子がプリント後ろに回そうとしてどさくさに紛れてあいつに触れようとしたら華麗に躱してたぜ?」
「どんだけ細かくチェックしてんだよ。•••あ」
鋭いツッコミを入れた友達が自分を通り越して背後に視線を向け短く声を漏らすが良からぬ妄想に囚われ頭がヒートアップしているが故に気が付かなかった。
「まー俺が女だったら死んでもゴメンだけどなー。顔が綺麗すぎてマジ男として見れないし。ははは」
「あれ、陸。帰ったんじゃなかったのー?」
「••••••え」
サーと血の気が引いていく顔。いつも通りの調子で話し掛ける我が友人に信じられないものを見る目を思わず向けてしまう。
待って。え。なんで。嘘だろおい。なんでこいつ冷静でいられるの。
「忘れ物。それより、さ」
ガチガチと上下の歯がぶつかり合って音を立てる。視界の端に己の机の縁に綺麗な指が掛けられたのが映った。
ギギギと錆びついた機械のように首を回すと、息を飲むほど近い距離に目が眩むほどの美形がいて、心臓がはち切れんばかりに暴れ狂う。
「(なんつー色気出してんだよ•••)」
同じもんがついた野郎相手に緊張して言葉を失っていると、切れ長の灰色の瞳がゆるく細まり艶やかな唇が薄くひらいた。
「俺も、大金積まれても無理かな」
甘くて低い澄んだ声音が発せられ、かなり酷いことを言われたのにも関わらず、自身の顔に熱が集まるのを感じる。
恐るべし、水瀬陸。
虜にするのはなにも女子に限った話ではなかったらしい。
その後すぐに教室から出て行ったが、もう少しでも長く見られていたら、確実に茨の道に進んでいたことだろう。
金輪際あの男に近付くのはやめようと心に誓ったのは言うまでもなかった。
おわり
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