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神谷一平

ホラーやコメデイ、コント、漫才などを書いています。
漫才はコント集にあります。
少しずつ成長してるので面白くなってる……はずです。
よろしくお願いいたします。

ジャッジ

 オリンピックで急に思い出したことがありまして

学生時代のことで公立の学校だったので教諭の転勤があるわけです

球技で最初の教諭は審判が反則とったら手を挙げるようにと




次の教諭は絶対にそんなことはするな

むしろやってないような顔や不服なようにしろと

小さい子供なら混乱するような真逆のことを教えられまして





 どちらの言い分も分かるんですよ

前者は子供に教えるわけだから潔さだとか正しさとかそういうことを

大会とかでもスポーツマンシップにのっとりって宣言しますし




後者の場合は勝負なんだし場合によってはくつがえることもある

狡猾さも必要なんだと

大会でならともかく授業でわざわざ抗議してまでってならないかとは思いますけど





 どちらが良いと思うかは人それぞれですが

教わるならどっちが良いんでしょうかね~

我が子が教わるなら?





授業なら前者でプロの道に進むなら生活も掛かるから後者とか?

僕みたいに両方に遭遇しといた方が良いのでしょうか?

とはいえ審判はその内AI(人工知能)が担当すれば良いとも思います




邪魔にならないような小型軽量のカメラやセンサーつけて

それとも公平じゃないのも間違いがあるのも醍醐味ってことで

代わらず人間がやったり?




さすがに競技は人がやるのを観てたいかなー

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