学級編成がおかしいだろ!
クラスっていうのはよくできていて、普通、バランスよく配置されるもんだ。だいたい相場は、ダントツに頭がいい人がクラスにひとり。次に頭がいい人が、男女一人ずつぐらい。とびきりひょうきんなやつがひとり。運動神経抜群の人がひとり。普通に運動神経がいい人が数人。ませたグループが男女ひとつずつ、幼いメンタリティのグループがひとつ。そしてピアノが弾ける人が2人ぐらいのはずだろ!
長崎の小学校。卒業式で5年生が「出発の歌」を唄うことになり、ピアノを弾く人を出さないといけないのだが、順番で、3組から出せということに。
5年3組は、ピアノを習っている人が僕しかいない。僕だって、ピアノ弾けるかときかれたら習っているけど弾けないと答えるレベル。いや、習っていることも隠せるなら隠すかもしれないレベル。学級編成がおかしいだろ!普通、育ちのいい感じの子あたりがピアノ習っているもんなんだよ。いやがおうにも白羽の矢が僕に立った。
何月何日までに弾けるようになっとくようにと言われ、その日に向かって練習していた。なかなか弾けない。ある日、体育館で5年生だけで卒業式の練習が行われた。
出発の歌を弾けるようになっとくように言われた期限より、まだ前の日。突然、歌を唄うということになり、「ピアノの人、前に出てください。」とピアノのところへ行くようにマイクで促された。まだ弾けないのに!約束が違う!
僕はマイクの呼び出しに応じてピアノのところに行くしかなかった。容赦なく指揮棒を振る先生。
ピアノは全然弾けない。途中で間違い、詰まる。詰まると今度は容赦なく進む歌に追いつくタイミングを逃し、さらにひどいことに。歌にちょっとピアノの音がくっついたような伴奏というか雑音に。
一回歌った後、あまりのピアノのひどさに、指揮棒を持った先生は指揮棒をマイクに持ち替え、学年全員に聞こえる形で、
「あ、もういいです。伴奏なしで歌いますから。」
と言う始末。
もうやめたい。そう思ったが、3組に他にピアノを習っている人がいない。僕は一人学校に残って音楽室でピアノの練習をしていた。
音楽室は6年のクラスの階だった。ピアノの音を聞きつけてか、6年生の女子が3人、音楽室に入ってきた。
「何してるの?」
「卒業式で弾くピアノの練習をしているんです。」
「一人で?かわいそう。」
「弾いてたの『出発の歌』だよね。」
あ、よかった。それなりに「出発の歌」と分かってもらえるクオリティにはたどり着いていたんだ。
「一人でかわいそう。歌ってあげようか?」
「え?」
「いいじゃない。さあ弾いて。」
有無を言わさずピアノを弾かされる。歌ってくれる6年生をがっかりさせるわけにはいかない。僕は必死に歌に喰らいついてピアノを歌にくっつけた。
僕のピアノに合わせて6年生が3人唄う。いや、正確には6年生の歌に僕が必死で喰い下がっていたのだが、どうにか演奏は終わる。
「じゃあね。」
6年生は去っていく。
僕は、歌うことを提案した、真ん中で歌っていた僕よりは大きいが3人の中では小柄でちょっと濃いエキゾチックな顔立ちの女性が忘れられなくなった。その女の人のことが、知りたい。
違う学年の廊下にはなかなか用事がないと行けない。僕はそれ以来卒業式までの間、音楽の授業の前と後に6年生の廊下を通るとき、彼女が何組なのか必死で探した。でも、上の学年の廊下で意味もなくうろうろするわけにはいかないので、廊下にいないか見て、あと、ちらちら教室の中をのぞく程度。なかなか見つけきれなかった。
卒業式も終わり、その女の人はもちろん中学生になる。
ある日、僕の家の近くで中学生になって、麗しい制服に身をつつんだ彼女の姿を見たときは感動した。大人の女性だ。それに引き換え、半ズボンを履いて、小学校に通っている自分を情けなく思った。
向こうは大して僕のこと覚えてないようだ。僕からは話しかけきれない。でも、あの人のことを知りたい。僕は必死に彼女の名前の書いてあるものがないか、気付かれないように制服の彼女をなめ回すように見た。スポーツバッグに名前が書いてある。へえ、めったに見ない苗字だ。その女の人の家は、僕の家と、橋のたもとで最後に分かれ、別方向となるようだ。意外に近かったんだ。
僕は次の日から、不審者と思われない程度に、橋のたもとから向こうの家々の表札を見て回った。彼女の家はどこだ?
数日後、意外に彼女の苗字が書かれた会社兼住宅があることに気付いた。見つけた!ここなんだ。ここに住んでいるんだ。別にドアをノックするわけでもない、そっと遠くからその建物を眺めた。それで満足だった。
ここまでするということは、僕にも自分の気持ちをこれだと気づき、思った。初恋だ。
僕も中学に入学。たまに学校に通うときに一緒になるときがあったが、話しかけきれない。こちらからは何もできない。話しかけてきてくれないかな、と思うけどそうはならない。
いつの間にか、彼女は、僕の中で「聖なる存在」となっていた。僕の中のルールでは、頭は彼女のことでいっぱいなのだが、彼女のことをしっかり想像してもいいのは、お風呂に入って歯を磨き、体を清めた後。そして、想像してもいいが、エッチなことを想像するなど言語同断。聖なる女性は手の届くところにいるのにますます遠い存在になっていった。
僕は彼女と別の高校に入学した。その後僕の家は引っ越し、大学進学で家を出たあと、実家はさらにもう一度引っ越した。
初恋から10年あまりが経ち、就職して、長崎の実家に再び住むことになった。健康のための朝のマラソンコース。やや遠いところに彼女の家があるのだが、なんだか、毎朝のマラソンコースに会社の前を通ることにしてしまった。
あれだけの美人だ。もう結婚してるだろう。それは素直におめでとうだ。彼女がたまたま実家に帰って来ててばったり会うことでも期待してるのか?バカだな。早朝だぞ。もしばったり会ったら言い忘れた「好きでした」を、言えなかった「好きでした」を言うのか?言わないんだろ?遠くから眺めるだけだろ?なんの意味があるんだ?
それから一旦転勤して、長崎に再び戻って来て、今度は一人暮らしをすることになった。なんとなく、彼女の家の近くに住んでしまった。
あれだけの美人だ。もう結婚してるだろう。彼女がたまたま実家に帰って来ててばったり会うことでも期待してるのか?バカだな。もしばったり会ったら言えなかった「好きでした」を言うのか?言わないんだろ?遠くから眺めるだけだろ?なんの意味があるんだ?
再び彼女の家からは離れた場所に住むようになった。でも、彼女の家の会社はまだあるみたいだ。
初恋って、その人と二度と連絡とろうと思ってもとれないこととかが多いと思う。そんな中、僕は本気を出したらいつでも初恋の人に会える状態で、でも会わない状況を楽しんでいる。楽しんでる?うそつけ!ばったり会ったら言えなかった「好きでした」って言うのか?言わないんだろ?遠くから眺めるだけだろ?何もできないだけのくせに。ばーかばーか。
でも、甘い初恋が手の届くところにあって、いつまでもモジモジ、そわそわ。自分から逃げてるわけじゃないけど、逃げてるわけだけど、この状況、嫌いじゃないかも。