#00 序章
罪深き人類を葬るため神は世界に制裁の雨を降らせ、その雨がもたらした洪水はすべてを飲み込んだ。
人間はもちろんその他の動植物、
そして全ての源である〝太陽〟をも。
そして世界に暗黒が訪れる。
暗闇一面黒の世界に1人生き残ったものがいた。
『ノア』と言う名の若い男。
男の目前に求めていた光が現れた。
それは光、否。一人の子供だった。
ーー聖母教典序章より。
「そしてノア様はその子に恋し愛し合って子供を産んだの。その後、光の子はすべてを照らす太陽の代わりとして天に昇りノアの子供達は互いにまた愛し合って私達人類は復活したのよ。」
分厚い本を閉じて母は僕に笑いかける。
「だから、今日も祈るのよ。今日の幸せとこれからの安寧を願って。ノア様に感謝するの。さあベル。手を出して」
母は十字架を僕にもたせ、自分の十字架をその手で包み込み月に掲げた。
ーーーこれからもお母さんや街のみんなと幸せに暮らせますように…
「亡霊だァ!!!」
けたたましい鐘の音と野太い声にベルは飛び起きた。
「亡霊!?」
ベルは慌てて外に飛び出た。
「ドヤルさん!!亡霊って…どうゆうこと!?」
ベルは鐘を激しく叩きながら叫ぶ男に声をかける。
ドヤルはベルの声にしばらく気づかず目の端に映ったのにやっと気づいた。
「ベル!?おまっ何やってんださっさと逃げろ!」
鐘を叩くのをやめずに言う。
「でもっ亡霊は街には入ってこないって父さんがっ」
「そんなこと今はどーでもいいからさっさと逃げろ!!俺はお前をマリアさんから任されてんだよ!」
ベルの脳裏に先日病でなくなった母の顔が浮かぶ。
「でも…」
やっと鐘を叩くのをやめベルに駆け寄る。
「いいからさっさと逃げろ!俺は逃げ遅れてる人がいないか見回ってから行く!」
ドヤルは街の町長の息子で鐘付きを担当しているが病床に伏している父に変わって町長を継ぐことになっている。
「ぼ…ぼくもいくよ!」
「はぁ!?」
「だって…ドヤルさんが居なくなったら僕はまた一人だ!」
「ベル…」
「おい!ドヤル!」
ドヤルがなにかいおうとしたところに嗄れた大声が聞こえた。
「娘がっわしの娘がっっ!!そうだ!〝ペリカン〟は!?来ておるんじゃろ長老の迎えに!早く呼んでこい!!娘が亡霊に捕まってしもうた!!」
「しかし、いま父を…」
「あんなオヤジなどどうでもええわい!!わしの娘がさきじゃぁ!!!!」
すっかり錯乱した老父は杖を振り回す。
「っ…わかりました。呼んできますから騒がないで!亡霊にみつかっ…」
『ケラケラケラ』
ドヤルが唇を噛み老父にそう声をかけたとき、妙な音が聞こえた。
「ひぃっっ」
その音を聞き、老父は身を震わせる。
「ぼ…ぼぼ…」
老父はドヤルとベルの後ろを凝視する。
『ケラケラケラ』
振り向いた二人に巨大な影が落ちる。
そこには胴体に無数の腕や目を持つ化物がいた。そして、その無数の腕の中の一つに少女らしきものが掴まれている。
「アニカ!」
老父はその体から滴る赤黒い液体を見てさらに一層目を見開き叫んだ。
杖を振り回し化物に迫ろうとする老父の体をベルとドヤルは必死に押さえつける。
そんな3人に無数の手が近づく。
ーーやばいっ
ベルはそれに気づき老父とドヤルに覆い被さるようにするがまだ幼い体では老父一人分もまともに覆えない。
自分たちもあの少女のように握りつぶされて死んでしまう光景が目に浮かびギュッと目を瞑る。
「………?」
体が地面から離れるのを感じたときドヤルもベルも完全に死ぬと覚悟を決めていた。が、
「お呼びでしたかおじいさん?」
優しい声がきこえた。
ベルは開いた視界に驚愕した。
目下には街の家々の屋根が見える。
冷たい風が頬を撫でる。
「え!?」
ーーーーー飛んでる!?
そう、飛んでいた。柔らかい羽毛。どうやら鳥に乗っているようだ
「グェー」
「ひぃ!?」
「大丈夫ですか?きみ、怪我は?」
鳥の首をなでながら一人の青年がベルに呼びかける。
「で、ガルそろそろその気絶してるおじいさんもおろしてあげなよ。あと、そのお兄さんも。」
ベルの背後にも声をかける。振り向くとそこには鋭い金眼と火のような赤い髪が特徴の青年がドヤルと老父を抱えてたっていた。
鳥の背で抵抗風もあるにもかかわらずその青年ふたりは難なくそこにたっていた。
「あ…貴方達は…」
ベルは背に両手をつきしがみつく体勢で正面の銀髪の青年に問う。
「そっちの赤毛がガル=ルファー僕のペア。そして僕はゾルビット・シュトラウス。〝ペリカン〟です。」
青年はにこりと笑いかけた。
「まだ街に残ってる逃げ遅れはリンが捜索している。あの亡霊の駆除はジグとキングが。」
「そっか。それじゃあ僕もジグくんの援助に向かうよ。」
そう言ってゾルビットは鳥から飛び降り近くの屋根に飛び移った。