線香の香りが漂い、泣き声やすすり泣きが聞こえ、黒で統一される式場。
目を向けると、そこには、笑顔のお父さんとお母さんの遺影。
棺をみれば、穏やかに眠っているお父さん。
幸せそうに眠るお母さん。
どうして?
なんで私だけをおいていったの?
私がもう高校生だから?
来年卒業だから?
もう一人でも大丈夫と思った?
ねぇ、答えてよ。
棺をながめ、目に涙をため、心の中で問いかける。
おいて…いかないでよ…。
力の入らない足でなんとか立つ私。
引き取り先のおばさん、おじさんが私の肩に手を置く。
「琴音ちゃん、泣かないで?これからはおばさんたちを頼りなさい?ね?」
「そうだぞ、琴音ちゃんを大切に大切に守って育ててやるからな」
おばさんとおじさんから一言ずつ聞かされる言葉。
お父さんとお母さんが残してくれた多大な財産目当て。
そんなのわかってる。
大人は汚い。
黒くて汚くて、それでいて、白でいようとする。
一晩中泣き明かし、そして、火葬される両親を見送った。
私もすぐいくから。待っててね。
両親の残してくれた多大な財産が尽きたとき、私はお父さんとお母さんの元へ行けるんだ。
式場からおじさん、おばさんの家に行き、一通りの荷物の片付けをした。
「琴音ちゃん、気に入った?この部屋」
おばさんが笑顔で問いかけてきた。だから、作り笑顔で「はい」とだけ答える。
「そう、それはよかったわ。それじゃ、ここで暮らしてね」
そう言って、おばさんは背を向け、部屋のドアを閉め、外鍵をかけた。
小さな、カチャリと言う音を聞き、もう出ることはできないと悟った。
多大な財産が尽きるまでどのくらいかかるだろう。
家と貯金を合わせても億はあるはず。
お父さんは会社の社長だった。
お父さんのおかげで今、私はこの部屋にいる。
ありがたく思うべきなのか憎むべきなのかわからなかった。
日はすぐに過ぎ去っていく。
気がつけば1週間。2週間。…………そして、1ヶ月。
学校も金がかかるからと辞めさせられた。
来年卒業だったのにな。
最初よりもかなり減ったごはん。
服もなにもかも数着しかない。
スウェットとパジャマと………。
外に出ないからとおしゃれ着なんて一枚もない。
気づけば、外の世界の記憶もだんだんと薄れてきていた。
今は、16。
人間100まで生きない。
せいぜい85かな。
財産が尽きる年数は何年だろう。
10年?50年?
あのおじさん、おばさんの使い方だと100年は持つ気がした。
出れない。
2ヶ月経ち、3ヶ月経ち、夏が近づこうとしていた。
私の体は痩せて、腕も細くなっていた。
「外に出たい…」
そうポツリと呟いた。
その時、ドアが3回ノックされた。
鍵があき、私は窓を背にして振り返る。
「お食事を持ってきました。」
おばさんじゃない。誰?この人。
「あの…」
固まる私の顔をのぞき込む…………青年。
「誰?」
かすれた声で言うと、
「今日からここの家の家政婦をさせていただく、松ケ谷龍星と言います」
人と話すの久しぶりだな…。
「えっと…あの…?」
龍星は目で私に問いかけていた。
「七瀬 琴音………。」
「琴音さん、よろしくお願いします」
丁寧に頭を、私なんかに下げる龍星。
「あ、ごはんです」
優しさに溢れた笑顔。
「ありがと…。」
椅子にすわり、机に出された料理を食べた。
たかが料理なのに、一滴の涙が頬を伝った。
優しく、温かい味がした。
「琴音さん!?ぼ、僕の料理、不味かったですか!?」
慌て出す龍星を見つめた。
「ううん、こんな優しい味のする料理、久しぶりで」
「え…琴音さ…」
私は、龍星の言葉にかぶせるように、
「おばさんにこんなに私と話してたら、見つかって怒られちゃうよ?」
と言った。
「でも、琴音さんが…」
「ちゃんと外鍵、忘れずに閉めておいてよね」
龍星の背中を押し、外にだし、ドアを閉めた。
「琴音さん…!」
耳を塞ぎ、目を瞑る。
龍星に慣れてはだめ。
早くお父さんとお母さんの元へ行くんだからー…。