あなたが秘密、あたしも秘密

作者垣野幾歩

高校二年生の、凛。

凛は同級生の陽菜(ひな)と、
あまり深く関わりたくないと思っている。

凛の抱える秘密を守りきれることは、不可能に等しい。

でも、秘密。







 誰だって秘密を抱えることがあるだろう。


それがどの程度のものなのかは、その人にしか分からない。


私の抱えている秘密は、果たして大きいのだろうか。


たとえ小さくても、私は守り続ける。


どんなことがあっても。







 昨日は、バイトだった。


疲れの残っている身体は簡単に睡魔に侵され、


項垂れるようにして転寝してしまった。


先程弁当を食べたばかりで、血流は胃に集中してしまっている。


たぶん、五分ちょっと眠った。


なんとなく頭は冴え、


私は顔を黒板に向けて板書をノートに写し始めた。


たぶん教科担任は、私の意識が飛んでいたことに気付いている。


それでも起こしに来なかったのは、


普段私が割かし真面目に授業に臨んでいるからだ。


普段から授業態度が不真面目だったりする生徒には、


先生達もすぐ注意する。


その注意の仕方にも様々な種類があって、


明らかに怒りの混じったものであったり、


贔屓などの愛から来る甘ったるいものであったり、


自信無さ気な弱々しいものであったりする。


【先生】は、きっとそんな変化をつけたりしない。


私は学校に居る間、


先生方を尊敬しつつも見下してしまっていることがある。


それはきっと、【先生】がすごいから。


本当に、すごいから。







 五限が終わって私がトイレに行こうとすると、


陽菜が私もと付いてきた。


ショートカットで顔が小さくて華奢で


名前によく似合う陽菜と歩けば、それなりに目立つ。


だから、あまり一緒にいたくない。


陽菜は一緒にいてくれて、


尚且つ自分を引き立ててくれるような人間を好む。


引き立ててくれればくれるほど、


陽菜はその人間のことを好きになる。


それは、一年生の時に気付いた。


陽菜は自分より、


若しくは自分と同等の可愛さの女の子とは


全く関わりを持とうとしない。


陽菜は、私のことが大好きだ。


でも、妬みみたいな理由で陽菜を拒絶したいのではない。







「凛の使ってる口紅って、なんか色っぽいよね」

 






 用を足したついでにトイレの鏡で口紅を塗り直していると、


陽菜が鏡越しに微笑んできた。


湯上りのような桃色の頬が可愛らしい。







「これね、ベージュの中でも肌色に近いものなの。


ヌーディーベージュ。


好きな芸能人がこういうの使ってるから、その真似」







 新しい言葉を覚えた幼児のような無邪気な表情で、


陽菜は頷いた。


興味深そうな顔をしたので


薄いようで厚みのあるその唇に塗ってやると、


陽菜はすぐさま鏡を見て嬉しそうに笑った。







「でもこれ、ひなみたいな幼顔にはちょっと合わないね」







 そういった陽菜には確かにあまり似合っていなくて、


私も「そうだね」と笑った。







 二人で教室に戻り六限の授業は真面目に受け、


そのまま穏やかに放課。


私はバイトがあるので、速やかに下校。


昇降口で上靴からローファーに履き替えていると、


丁度陽菜も昇降口にやってきた。


陽菜は、陸上部のユニフォームを身に纏っていた。


ばいばいして、グラウンドへ向かう陽菜の背中を見送った。


陽菜の背中を見ていたら懐かしさがこみ上げてきたので、


私は少し駆け足で校舎を出た。