ぬいぐるみが勇者になる方法

作者木下源影

サンサンはぬいぐるみです。
サンドルフもぬいぐるみです。
ふたりは同じ体をもつ、店頭にあった見本のぬいぐるみだったのです。

用意するものは第一に強い想い。


できれば動いてくれないかなぁー…


などと思っておくだけで、あなたの造ったぬいぐるみも動き出すかもしれません。


『そんなこと、できるわけないじゃん…』


誰もがこう思うことでしょう。


それが大きな過ちなのです。


信じていればできないことなど何もないのです。


… … … … …


サヤカは必死です。


もう数え切れないほどの数のぬいぐるみを造りました。


そして、彼女は強く願います。


『動きなさいっ!!』


彼女は願いではなく欲を持ってしまいました。



サヤカの縫製の師匠で、学校の先生をしている悦子は、今日も朗らかです。


悦子は学校で、美術と家庭科の教師をしています。


しかもどちらも、この学校やこの星のためになる授業という仕事として、フィギュアやキーホルダー、ぬいぐるみの類を造っては売っているのです。



教師の悦子はこの星の出身ではなく、別の宇宙の別の星から来たエイリアンですが、姿かたちは魅力ある肉体を持った人間の女性です。


そしてサヤカも悦子とは違う宇宙の違う星からこの学校に来ています。


サヤカは16才で、美人というよりもかわいらしい少女で、元いた星では女優をしていました。


ですが、サヤカと友達になった仲よし5人組と一緒にこの学校に通うことになったので、故郷の星を離れてこのセルラ星にやってきました。



普通は違う星に行く場合、宇宙船を使って長い旅に出るのですが、普通でない科学技術者の細田仁左衛門が黒い扉を造り出しました。


この扉は、みっつある空間のひとつの異空間を使って、対になっている黒い扉に飛び込むことで、瞬時に移動できる優れものです。


もちろん宇宙船もあるのですが、行ったことのない場所に行く時だけしか使いません。


サヤカのいた地球とここセルラ星は黒い扉でつながっているので、あっという間にたどり着くことができます。



サヤカの知り合いにランス・セイントという男子がいます。


彼はこの星に、結城覇王によって別の宇宙の別の星から連れ去られてきたのです。


はっきりいって誘拐です。


ですが覇王には目的があって彼を連れ去ってきたのです。


ランスは今は、学校にも行かずに、ひとりで武術鍛錬に明け暮れています。



サヤカには付き合い始めて3年になる恋人がいます。


彼の名前はデッダ。


実は彼の名前は正確に言うと名前ではありません。


このセルラ星の動物の種族のひとつにデッダという恐竜がいるのです。


デッダは獰猛で、もちろん肉食獣で、今の体高は8メートルあります。


体の割には頭が大きく、がっちりとした太い足と柔軟で太くて長いしっぽを持っています。


そして手は短いのですが、その先にある爪は、岩をも簡単に砕いてしまうほど硬いのです。


皮膚は濃い緑色で、体表はぬめりを帯びていて虹色に光を放ちます。


圧巻は見た目にも強靭なあごで、口からは無数の鋭い牙が見えています。


人間など一口で食べてしまうほど巨大な口なのです。


「サヤカはずっと造ってるつもりかい?」


そのデッダがサヤカに聞きました。


「…だってぇー…」とサヤカは言ってから、今は恐竜ではない、人間の姿をしているデッタに憂鬱そうな顔を向けました。


デッダは人間の姿をしていますが、これは賢い動物にのみできる術で、本人の意思で姿を変えることができるのです。


サヤカは大の恐竜好きで、人間のデッダの存在は知っていたのですが、それほど興味はありませんでした。


実はデッダは、仲よし5人組のひとりのセイラの家来なのです。


そしてある日、その事実を知ったサヤカはデッダに恐竜に変身してもらいました。


サヤカは恐竜デッダを見てひと目で恋に落ちてしまったのです。



ふたりは恋人ではあるのですが、どちらも奥手なので、何とか手をつなぐところまではこぎつけましたが、サヤカの思わぬ壁のせいで、今のデッダはサヤカの兄のような存在となってしまっています。


デッダには恋人がすることのような欲はないので、いつもいつもサヤカを見守っています。


「だけど、なかなかかわいいよな」


デッダは、自分自身がかなりデフォルメされている白い恐竜のぬいぐるみを苦笑いを浮かべて手に取りました。


かわいらしくデフォルメされた二頭身の頭の上にはエンジェルリングが乗っています。


「悦子先生は本当に天使が好きなんだなぁー…」


このぬいぐるみは、「恐竜の姿のデッダさんを天使にして欲しいっ!」というサヤカの希望で、悦子が造ったものです。


ですがサヤカはこのぬいぐるみがあまりにも愛らしいので、生命が授けられることを望んでいるのです。