麻井深雪
何千の本に吸い込まれる、甘い吐息
中編なのでテンポが良く、サクサク読み進められます。
すれ違いのもどかしさもほとんど感じることはありませんでした。
物語は王道ともいえる展開なのですが、それでも面白い!と感じさせる筆力が素晴らしいです。
主人公、蓮の丁寧な心理描写と細やかな情景描写が物語に深みを持たせてくれていると思います。
三人称でも蓮以外の心理描写は全くないのですが、蓮のいないシーンでの美優のが垣間見れたりして美優の不安に揺れる心情も分かりやすかったです。
素晴らしかったのがクリスマスでの真っ白な雪の描写。
それから美優が不安に陥った時に目にする溶けた雪の泥水。
心理描写に頼らずに情景描写だけで美優の不安を表す技術には、本格的小説を書かれていることを感じさせられました。
図書室の静かな空気と本の匂いまで漂ってきそうな世界でのラブシーンが、ロマンチックでとても素敵でした。
あとがきでも触れられているように、他小説のキャラが作中に登場し、本作の主人公を食ってる感は確かに否めませんが、私はこれを読んで「あの夏のつづき」がすっごく読みたくなったので、これはこれでアリかなと思いました。