「待って、待ってよ、お姉ちゃん!」
静かな夜に少年の言葉が響く。
「お姉ちゃんってば!」
顔を背け口を頑なに閉じた少女の腕を、少年は力強く掴み、揺さぶる。
「僕が行かないでって言ってるのに、行くの!?」
震えの混じったその声は確かに少女の耳に届いているはずなのに、彼女の心には届かなかった。
「じゃあ、僕も行く……僕を連れて行って」
少年の鋭い芯のある声に少女はようやく口を開き、小さな声で、だけれど確かな口調で、「だめ」とこたえた。
「何でっ……僕の体は僕のものだ!」
「だめ」
「僕が決める……」
「だめ」
「お姉ちゃん!!」
その瞬間少年の視界は真っ暗になった。
「……?」
強く強く少年を抱きしめた彼女の頬はあまりに濡れていて、その雫がこぼれる度に何か大切なものへの固執を、絆を、切っていくようだった。
「ごめんね……アル」
恐怖、後悔、懺悔、孤独……たくさんのものがぐちゃぐちゃに翻弄してる少女の発した言葉を、少年は受け入れることができなかった。
「さようなら」
ドタン、と音が響いて、そして二度と、そこに彼女の声が響くことはなかった。
嫌になるくらい広くて、子供が絵の具で塗ったような空は
今日もいたずらに綺麗に、そこに在って
紅い屋根をさりげなく見せつけているレンガ仕立ての家は
今日も自分の居場所として、そこに在って
風は吹いて、時は流れて、人は交って、そんな世界が在って
それなのに、何も変わらない此処に、あなたは居ない。
ああ。
あなたは、誰だっけ。