表題の殺人鬼とは私の知人のことである。
勘違いしないで欲しいことは、彼は決して殺人犯でも人格破綻者でもないということだ。
彼は戦争という免罪符の下で人を殺してきた。
兵隊が殺人犯と呼ばれる謂れがあるだろうか。
彼は読書を好み、哲学を学び、暇があれば星を見上げてきた。
オリオンの彼方に想いを馳せる者を人格破綻者と呼ぶ者がいるだろうか。
殺人者と殺人鬼の定義が殺した人間の数で決まるのなら、彼は後者に当て嵌まると考えたから私は『鬼』と呼んだのだ。
彼は自分が本物の殺人兵器になることを望んでいた。
彼は生涯を孤独に過ごすことを望んでいた。
彼は戦場の機関銃に蜂の巣にされて死ぬことを望んでいた。
だが、彼の望みは何ひとつとして叶わなかった。
愛を知ってしまったからである。
殺人鬼を殺す毒は、愛だ。