『ポリテクスクール京都 電気設備技術科』
1. あらすじ
ネオンサインの個人輸入販売業を営んでいた『私』が、販売した商品でボヤが起きたことをきっかけに『私』と同様発達障害の相棒の提案により一旦店を閉じ、相棒を含めた3人でのまともな事業体としてリニューアルする間の半年間、ポリテクと呼ばれる職業訓練校に通い電気を一通り学ぶことを決める。倒れた父を実家に残し後ろ髪を引かれながら京都での訓練生活を送ることとなるが、30人の訓練生のうち29人は『失業したおっさん』であった。女性は無駄に高学歴な『私』1人。
極寒の2月、陰鬱な空気の中実習が始まった。その空気を一人の元ヤンキー訓練生が講師にあだ名をつけて呼び倒すことにより壊していく。それをきっかけに訓練生達は地を見せ出し、訓練生達との大笑いしながらの昼食、休み時間、放課後は真面目に何時間も語り合う、まるで青春時代の学園生活のような訓練生活が始まったのだ。そこで京大法学部卒の『私』は、43歳元IT下請けエンジニアの訓練生の人格に惹かれ、交際が始まる。
さらにその学園生活は面白おかしいだけではなかった。たった半年間、様々な背景を持つ訓練生が電気を学ぶという共通の目的を共有する場は、職歴・学歴・年齢・性別の区別なく親友となり助け合う理想的な楽園であった。
しかし5月のゴールデンウイーク明けから、シビアな就活が少しずつ顔を覗かせ出す。現実に戻る準備が始まる。『失業』がどれだけのスティグマか、年齢でこれほど求人の数が変わるのか、ブルーカラーブラック企業の労働条件がどれだけ理不尽かななどを知り、高偏差値大学に行かせるのが当たり前の家庭環境に育ち、友人親族に起業した人間か超一流企業勤めしかいない『私』は格差の存在を実感する。
そして『私』の事業リニューアルも苦難に陥る。魂の片割れの相棒は別事業で大きな訴訟沙汰を抱え精神がやられていき、共依存関係にあった『私』にそのストレスをぶつける。毎日相棒から「死ねお前」というメッセージを何十通も食らった『私』は洗脳され、死を考えるようになる。
ある日ついに自殺を決意するが、『私』は前年に友人を失っていた。彼女はガンで、望んだ死ではなく親族知人から皆へ連絡が行きお別れを報告ができたのだ。『私』はそのような報告はできない。それを悲しく思った『私』は、古くからの友人知人が揃うフェイスブックに自殺報告をする。それにより分かったことは、地位を得て夢を叶え、いつもフェイスブックで幸せそのものの投稿をしていた地元の進学校や京大の友人達が皆、実は闇を持っていたことだった。その闇をさらけ出し、「自分も実はこうだったのだからお前も大丈夫だ」と人生をぶっちゃけることで『私』を死の淵から救おうとしたのだった。そのことで『私』は救われ、命の重みと友人の大切さを痛感する。
その直後、ポリテク修了後一人親方として月150万の収入を得る予定の、優秀で面倒見がよく訓練生からの信望を集めていた一訓練生が、実は日常的に従業員を「死ね」と詰めていることが分かり、『私』は喧嘩を売りクラスに波風を立てる。責められたのはその訓練生ではなく『私』であった。「僕らはそんな職場に覚悟して行くんです、僕らは社会の底辺ですから」という友人訓練生の言葉に『私』は弁護士、いずれは国政へと社会を変える人間になる決意をする。
7月、ポリテク訓練内容のメイン・電気工事士試験も終わり、個性的な訓練生・講師達との楽しい学園生活も終わりに近づいていく。七月末、ポリテク最期の日、『私』達訓練生は大掃除をし私達がいた痕跡を全て消してから修了式に臨む。普段から昼を一緒にしていた訓練生達とのその帰り道、ある訓練生に飲み会に誘われる。その際「楽しく飲みたいんだ、労働の話をしたら『私』に全額払わせる」との意固地な言葉に激昂した『私』は、その場を離れ一人帰途につく。それを肩で息をしながら追いかけてきたのはいつもお昼を一緒にしてきた訓練生3人組だった。そこから始まった飲み会は訓練生による、フェイスブックの時のような人生ぶっちゃけ会であった。家庭の事情で教育の機会を奪われた訓練生、高齢で孤独に耐える訓練生、音楽の夢を諦めた訓練生、ブラック企業に散々耐え、父親を自殺で亡くした経験のある訓練生。それを通じてお互いの友情を確かめ合ったはずだった…。
修了後、フェイスブックでの人生ぶっちゃけ会により友人の大切さを痛感した『私』は、ポリテクの訓練生たちがどうしているかコンタクトをとる。そして楽園から現実に戻った訓練生達が別人のようにブルーカラーの辛い環境に適応し、『私』に冷淡になっていることにショックを受ける。無理やり何とかしようとした『私』を元訓練生達は頑なに拒む。その様子に絶望した『私』は、元々資本家を目指していたことを思い出し、皆と同様ポリテクの楽園を忘れ、底辺の生き血を吸い格差の上を目指すことを決める。
ただ、ポリテクの楽園はどうしても『私』の心から完全に消え去ることはなかった。