墜ちていく夕日が、
血の色のような焼けた赤を
山際へと撒き散らしている
風は、ごうごうと不気味な音をたてて
鈴虫の鳴き声を戒め、
後におりてくる
夜の帳を渇望しているかのようだ
その魔力を秘めた芳しい大気に、
笹倉七海(ササクラナナミ)は
体の芯から滴り落ちる
情緒に駆り立てられ、恍惚とした
七海が国立大学でキャンパスライフを
謳歌しきれないでいるのは、
親譲りの多少優秀な頭脳が
若者特有の情熱を律してしまうからだ
講義をさぼって遊びに費やし
異性を追いかける同級生を
冷ややかな目で見てはいるが、かといって、
真面目一徹なお勉強の虫にはなりきれない
世間一般で言うと
偏差値は高めとされる大学に入ったはいいが、
人間というものは
本質的な快楽を求めずにはいられないのだと
日々悟る毎日が苛立たしくもあり、
どこかむず痒くもある
そのフラストレーションこそが、
戸惑いの日々に喘ぐ七海の目を
真っ赤に腫れあがった太陽へと
向けさせたのかもしれなかった
その景色は、黒と赤の折り紙で
埋め尽くされた切り絵のようであった
この現代にありながら、
得体の知れない何かが潜む異界の様な絶景に
七海は足を止めざるを得なかった
戸惑う毎日が
自らに問いかけてくる全ての答えが
その退廃的なヴィジョンに集約されている、
そんな気さえした
薄皮一枚剥ぐと広がっていた、この世界の真実
それは一枚の宗教画のように鮮烈に七海の胸を砕き、
幼い頃からすりこまれてきた聖者の歩みに
永遠の杭を打ち込んだのだった