昴の背中に翼が生えてきたのは小学校二年生の時だった。
もともとその予兆はあった。
小さな頃から昴の肩甲骨の下のあたりには硬くて少しでっぱった部分があった。
病気ではないかと心配した母が病院へ連れて行ったのは昴が幼稚園の年中さんの時。
なぁに、心配ない。痛み止めを出しておきましょう。それで万事安心だ。
皮膚を食い破って両翼が現れた時、昴は子供ながらに医者を恨んだ。
ぜぇんぜん、だいじょーぶじゃ、ない
でももっと大丈夫じゃないのは母の方だった。
「誰かに知られたら昴が連れてかれちゃう。わたしの息子が実験動物にされちゃう!」
早くに結婚して昴を産んだ母はつややかな頬に手を当てて、しくしくと泣いた。
「だいじょーぶだよ、幸子さんは漫画の読みすぎ」
呑気な父が呑気に母をなだめる。
そして夫婦の会話をドア越しに聞いていた昴は打ちのめされていた。
(実験動物?え?ほんとに?)
昴の脳裏に、マウスと並べられて投薬され、切り刻まれる自分の姿がありありと浮かんだ。
昴は想像力豊かな子なのだ。
(どうしよう、バレたら、翼を片方だけもがれて、狭い檻に閉じ込められるんだ。色んな薬を注射されて、副作用とかで死んじゃって、最後にはホルマリン漬けになっちゃうんだ!)
そしてやたら偏った知識に溢れるお子様でもあった。
かつてないほどの恐怖を胸に刻んだ昴は己に誓った。
今後、家族以外の誰かに背中の翼のことは決して教えたりしないと。
じつはちょっと嬉しかったりもしたのだが、クラスメートに自慢したりしないと。
それから時は流れ、ミニマムサイズだった昴の翼は鷲の羽根ほどにも大きく成長していた。
ちょうど乳歯がとれて生え変わってきた大人の歯が気づかないうちに大きくなっているみたいに、昴の翼もまた、本人のあずかり知らぬうちにメキメキ立派なものになっていた。
普段は小さく縮めて背中にぴたりとはりつけ、ダボダボの服を着て誤魔化している。
水泳の授業が出来ないのは辛かったが、致し方ないと言うものだ。
この春、昴は小学五年生になった。
マッドサイエンティストなる者の餌食になることもなく、なんとかここまで生きてきた。
そしてこれからも平穏な日々が続くのだと、信じて疑わなかった。
危惧はあったが、現実味はなかった。
だから、「お前、羽根生えてるだろ」なんて言われた時の心構えや、うまく対応する術など、知るはずもなかった。
「君の背中、羽根生えてるだろ」
目の前にはニコッと笑う同い年くらいの男の子。
昴の顔からサァっと血の気が引いた。