やりきれない恋心と青年期の難しい心情を描く。
初めて東京で迎えた初夏、裕司は家から駅までの道を同じ学部の明美と歩いていた。
手をつなぐという経験がそれまでの裕司にはなかったが、その時別段感動したわけではなかった。普段は人としゃべる事が少なく、大学で関わる人は皆講義での話で、個人的な友人は居なかった。5月に法思想史の講義で話しかけられて以来、明美とはメールでのやり取りをしていた。女性と話すことが苦手な彼はいつも俯きがちに相手の目を見ることさえ出来ないほど小心者だった。