繭結理央

擬人化の縮図
ある晩、夫は妻と娘に秘密を持った。同時に、妻と娘も夫に秘密を持った。

バレてはならない秘密、家庭を一変させる危険な秘密、社交と欲のもたらした一夜の“あやまち”を、夫は夫で、妻と娘は妻と娘で、抜かりなく隠蔽しようと試みる。

その狭間で、愛猫のミロはいつもどおりにしている……と思う。夫も妻も、そうだと思いこもうとしている。

「猫に口はない」

この作品を読み、人は擬人化したがる生物だと痛感する。擬人化とはなにも文章的にあらわすだけのことともかぎらない。潜在意識に、特に心の弱った時に、もし人間と同等だったならと連想してしまう思惑さえふくまれるらしい。

その証拠に、ミロの一挙一動に惑うのだ。猫に口はない……まさにそのとおりのはずなのに、はらはらと。

出過ぎないミロが最適な香辛料として君臨している。目立たないが、確かな存在感。ゆえに、本能的・宿命的な擬人化に怯える人間サマの滑稽さが愛らしく、まろやかな風味。

秘密の正体もふくめ、実に軽やかな短編。しかし、読むごとに深く、粘り気を増していく人間ドラマに感じた。

おすすめ。