「帰りたくないわ…」
少女は小さく呟いた。
彼女は知っている。
元の世界では、コチラの事を覚えてはいられないと。
もう何度も、忘れていた事に涙した。
「大丈夫。また来ればいい」
初めて来たあの日から、何度も見た優しい笑顔。
それも、もう―
「最後なの…」
「え?」
「私、明日で15になるの…」
15歳になれば、少女は二度と扉を潜れない。
それが人間とこの世界との約束。
男は、彼女の髪に手を伸ばす。
癖のある柔らかい黒髪。
「15…」
「サヨナラね」
不味い薬も変なケーキも、奇妙なお茶会も綺麗な帽子も忘れてしまう。
貴方を、愛したことさえも。
「私があなた達を忘れても、あなたを愛した時間は変わらないわ」
「アリス…」
「帽子屋さん…Mad Hatter…愛してる」
最後に甘い口付け。
サヨナラ。
夢の中の愛しい人。
私はまた、あなたを忘れる。