あらすじ(ネタバレあり)
市井桜(いちい さくら)は毎月第二週は別の街で暮らすように旅をすることを趣味にしている三十五歳独身女性だ。
彼女はその趣味の中で立ち寄った地方の山の中で、いたずらで壊されたであろう祠を見つけ、「いたずらに壊されたならいたずらに直されてもいいだろう」と手持ちのもので修繕する。するとその日の夜に、彼女が借りているウィークリーマンションに一人の男がやってきた。
ボサボサの髪にもじゃもじゃの髭、ボロボロの着物を羽織った世捨て人のようなその男は、ぶっきらぼうに「祠の主だ。恩返しに来た」と言い出した。信心深くはない桜は彼を家には入れずに通報したのだが、捕まったはずのその男は翌週、彼女の都内のマンションにまでやってきた。
「神が牢屋に捕まるはずないだろう」
「昨日の夜、パトカーの後部座席乗られてましたよね?」
「それは、いきなりだったから……いきなりグイってやられたから……」
「アラマ、泣き虫」
「泣いてない!」
男には影がなく、体温もない。何度捕まっても何度でも戻ってくるし、警察から記録そのものが消えてしまう。
「俺だって帰りたいんだ。なんでもいいから願いを言え」
「帰ってください。お願いですよ」
「それは駄目だ。規則違反になったら俺が怒られる」
「誰に怒られるんです?」
願いのない桜と、願いを叶えない限りは帰れないというその男は、春から夏にかけて、夏から秋にかけて奇妙な関係のまま友情を深めていく。
しかし秋の深まる夜に、彼女と男の下に超絶美麗な一人の男性がやってくる。彼は男と旧知の仲らしく、あれこれと男と話し、話の流れで「勝負をしよう。勝った方がその女をもらう」と言い始める。煽られた男は後先も考えずに「いいだろう」と答えてしまう。
「謝って済むんでしたらねえ……神も仏もありはしない。祠なんてもの、誰も建てはしないんですよ。アレ、もう焼き捨てますか?」
「ごめんなさい……、本当に、本当にごめんなさい……」
「謝ったところでねえ……」
「せめて目を合わせて罵倒してくれないか」
とはいえ知らない自称神との勝負は近づいてくる。桜は男の話を聞き流しつつ、その勝負の場に向かうことになる。
勝負のお題目は『桜合わせ』。桜の花びらを見てどこの桜か当てるという遊びだ。三番勝負のその遊び、最初の一回は男が勝ち、次の一回は相手が勝った。最後の勝負で、桜は二人よりも早く、その桜の場所を当てる。彼女はその勝ちを男に譲り、結果、男の勝ちということになった。これにて問題解決と思われたが、相手はこう言い始める。
「じゃあ、今日は結婚式だな!」
「「ハァ?」」
気が付けば周りにいた人たちは人ではない形になっている。男は「はめられた」と言い、桜は「簡単に騙されるのだとしたらあなたの落ち度でしょうよ」と男を責める。
「お前のことは嫁に欲しいのだが、周りにぎゃあぎゃあやられるのは気に食わない。ここ逃げ切ってから求婚させてくれ」
友情から始まる全くスマートではない嫁入り話。