「真実の愛」がわからないって?こういうことだよ!
「どんな恋愛をしていても、抱いている本人がその関係性や感情を“真実の愛”と思うのであれば、それは間違いないはず」。これが「Elite Daily」の恋愛ライターPaul Hudsonさんの主張。「でも、あえて“真実の愛”だけにある特徴を挙げるとすれば……」と、彼は解説を始めます。
あなたは、「真実の愛」について考えたことはありますか?
たしかに安易に定義するのは難しいこと。「愛」を何らかの単語で形容しようとすることが、そもそもおかしいこと。再定義するなんて論外です。
いずれにせよ、「真実の愛」は“一生続くモノ”という認識が一般的には多いと言えるでしょう。ただこの解釈、なんだかいけ好かない。冒頭でも言ったように、「どんな愛も、“真実の愛”」として扱うべきだと思うから。
あらためて、「真実の愛」について考える
これまでにあなたが、愛について聞いてきたこと、映画や本や雑誌を通して教わってきたことは一旦すべて忘れましょう。ポップカルチャーを通して知ってきたことも、です。ここからは現実だけを見つめ、「真実の愛」だけにある特徴について語るとしましょう。
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01. 愛は、“無私無欲”なものじゃない
結局のところ、「愛」は自己中心的な感情なのです。
そして、相手を“所有しているような気になっている”からこそ、相手をケアしてあげなきゃ、と思うもの。そうして私たちは「パートナーを幸せにしてあげよう」、「満たしてあげよう」と思うようになるわけです。そして次第に、パートナーを自分の一部と捉え始めます。
あなたは、パートナーに親切に接すると同時に、相手からも同じくらいの愛情を求めるようになるでしょう。でもそれはしかたのないこと。きれいごとは言うつもりありません。愛はまったくもって「無私無欲」なものじゃないんです。
02. 誰かを愛することは、
ひたすら山を登り続けるような感覚
真実の愛を抱くことは、“日々山登りしているような感覚”になること。誰かを愛し続けることは、日々小さな判断を積み重ねていくことなのです。
大事なことをひとつ。愛が欲しければ、ある程度努力をしなければならないことを知っておきましょう。愛を見つけた日を境に、そこからふたりの旅路がスタートすると思ったほうが良いかもしれません。ふたりの関係をかけがえのないものへと昇華させていきたいのなら、献身的な姿勢と努力は欠かせません。
この“努力”を怠る人が多すぎるんです。前述したように、愛とは登り続けなきゃいけない山のようなもの。「一生頂上にはつかない」と思っておきましょう。愛には限界がない、つまり頂上もないんです。
03. 愛に、ルールなんかない
恋に落ちると、判断力は鈍ってしまうもの。
ふたりの間にルールを加えたり、いろんなことにリミットを設定してしたり。でも実際は、誰かを愛することに、限度なんてないんです。
「真実の愛」は、あるひとつの瞬間だけに感じられるものではありません。何年、何十年通して綴られるストーリーといったところでしょうか。それは、たとえ別れてしまったとしても、振り返ったときに「自分は相手を心底愛せていた」と確信を持てることにあったりするものです。
「真実の愛」を、一生を通して築いてください。それは、自然の力によって引き裂かれない限り、限界知らずだと覚えておきましょう。
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