後記 / fragment
fragment - あとがき
言葉としての「fragment」には、断片や断章のほか、不完全な一部という意味もあるそうです。
泉綾と長岡継の二人が今後どのような結末を迎えるのか、わからない。二人にとってのあかるい結末とはどんなものだろう。ずっと想いを馳せていたいし、あれこれ考えては書き続けていたい。だから完全に完結することはない。そういう意味での、いろんな意味をこめての、フラグメントでした。
各章ごとに文章を抜き出しつつ、振り返ってみようかと思います。
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▼光が滲む朝
関口か稲葉の計らいで泉綾宅に長岡が一晩だけ転がり込んでいる設定。
>長岡が振り向く。そのとき綾は、彼のシャツの胸元が一箇所だけ不自然な折れ方をしているのに気付いた。ボタンを掛け違えている箇所が目に留まる。
ボタンを掛け違えているということは、どこかのタイミングでシャツを脱いだのだろうか。綾の格好といい、それまでの間に二人は軽い戯れめいたことをしていたのかもしれない。あるいはただの長岡のうっかりか。どっちだろう。
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▼攫う光
今の綾にとって光(正しさだったり規則だったり)は常に味方ではなく、大切な人を責めるか奪うかするものでもあって、それを部屋の外から入り込んでくる光に喩えて書いた、気がします。そういった日差しや陽光の扱い方は「螺旋の〜、」の章でもやっている。
綾は、目を閉じている時の長岡の美しさを誰よりも知っていて、誰よりも長く見ている。
>本当に? という風に、彼が眉を少しだけ寄せてみせる。笑いそうになるのを堪えた綾は、もう一度だけ「まだです」と言って、頬杖をついた。
>彼が再び目を開けるまで、その穏やかな顔をずっと眺めていた。ずっと眺めていたいと思った。
ずっと眺めていた=今の平穏な状態
ずっと眺めていたいと思った=この平穏が今後も続くかわからない思い
明るいようで切ない、好きな終わり方。
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▼螺旋の命に依り
タイトルの意味については個人サイトのブログに書いた通り。長岡主観の話は書くことを避けていたのでこれが最初。内容としては、もしnilの続編があったら絶対に書いていたこと。長岡継と長岡優太の話。
>重く感じた瞼に従って目線を下げる。葉の隙間から差す日の光が、鋭い破片にも似た形として、黒々と光る道路の上に散らばっていた。ガラス。破片。
あるものが目に映る→さらに見る→別の何かを思い出す→さらに別の何かを思い出す、といった具合に、飛び込んできた情報によって断片的な記憶が自動的に引き出されていく。何を見ても意識に染み付いてる誰かの記憶が浮上する、そんな感じなのかな、長岡は。
>柔らかなブレーキが車の速度と揺れを受け止めた。
>「……待て、車んなか暑いだろうからやっぱり店の入り口のとこで待ってろ」
関口は長岡をかなり気にかけていて、他の人と同じくらい彼を尊重して対等にあろうとするけれど、頭では情を一切掛けてはいけない相手だとわかっていて、能力に対する恐怖心と警戒心も持っている。だから扱いに困っていて、距離の取り方について頭を悩ませている。そして当然、関口の戸惑いを長岡は見抜いている。
>記憶ではなく、目が、たった今とらえた一瞬の光景をたしかに覚えていて、懐かしさにも似た既視感に皮膚がざわめいた。
泉綾を思い出したのかもしれない。
>白い花びらに触れた。房に指の腹を這わせればどこまでも柔らかく淡い感触が続く。
白い菊の意味を調べたら非常によかった。
幸せになるためにはどうすればよかったのか。
大罪を犯した人物の処遇について、書いていて悩むところでもある。
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▼輪郭から融解する
>ワイシャツの襟を柔らかに押し広げながら、夢見心地な体温の中に手を潜り込ませた。その柔らかさと体温に指が震えそうになる。
>肌に従って指を伝せれば、インナーの上から彼の胸の骨の形が朧げに分かった。さらに肋骨のなだらかな起伏に従って指を沿わせて、胸の中心から少し逸れた場所に指先を押し当ててみる。美しく揃った骨の向こうには心臓が隠されているのだろう。
身も蓋もないけれど、泉綾が長岡継の肋骨をなぞる場面を書きたいが故に生まれた話。
>「……生きてくことから逃げないでほしくて」
実際には逃げているのではなく、自らの罪を見つめた結果、贖罪の方法が自死以外思いつかなかったのかもしれない。でも綾は死による贖罪より生きて償い続けることをすすめている。どちらが残酷なのか。
>彼の首元に顔を寄せた。こんな行為も今なら許されるかもしれないと、狡さと甘えに導かれるままに、その身に寄り添って目を閉じた。
今の綾には長岡と、精神的にも肉体的にも繋がっていたいと思っている部分がある。そんな自分に卑しさとか嫌悪感を抱いてもいる。でも、あくまでも、長岡とそういった恋人チックな行為に及ぶことに憧れているというだけで、自分の人生を賭けて彼を追い続ける目的は、そういった長岡への感情とはまた別の、もっと深いところにあるような気がする。それは執念にも近い感情で、藍沢や、特捜や特部に対する怒りや失望による何かかもしれない。
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▼幸福の座標値
タイトルは無光層になる予定だった。さらに冒頭には「どこか遠いところ、世界が霞むほどのうつくしい場所に。」の一文が入る予定でもあった。
暗い宇宙にとらわれて永遠にされたい/濡れた花びらみたいなシャツ/理性がほつれる/うつくしくゆらめいて、等のフレーズを頼りに書いた話。反省点は、綾の名前を長岡が呼びすぎている/綾の手袋が途中から消えている。
>「そう。行きたい場所、会いたい人。思いつく限りの場所に、誰の了解を得ることなく、君は君のタイミングで行くことができるし、戻ってくることもできる」
nilに限らず、ほかの小説でも書くことが多い台詞。ベアトリーチェの獣や、6時9分でも。
>長岡はどこまでも穏やかな目を向けてくる。雪が降る無音の車内。まぼろしのような微笑みを浮かべて。
>「俺といたら幸せになれないよ」
>「幸せになりたくて長岡さんといるわけじゃないです」
この台詞に綾のすべてがこめられている気がする。
>彼の瞳は、深く沈んだ黒色は、うつくしくゆらめいて。
>「…………、……」
>外光を受けたそれは青にも黒にも見え、奥の奥ではらはらと燃えていた。誰にも侵されることのない領域、彼の本質に触れられそうな気がして、その暗く深い宇宙にとらわれて永遠にされたいとさえ思う。
全編通して長岡の目に対する描写は多い。同じくらい綾も彼を見つめている。「彼」が「長岡」であること、そして彼の感情を見逃すまいと、長岡の目をじっと見て話す癖があるかもしれない。綾は常に本当の長岡を探している。
>「今じゃない。いつか、聞かせて」
知らずにいることはある意味で幸福だから。終止符の打たれない感情によって生かされることもある。
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以上、各章の振り返りでした。
本編公開が中途半端なところで止まっていて申し訳ないと思っています。個人サイトのメールフォームからご連絡をくださる方もいて、とても嬉しかったです。随分時間がかかってしまいましたが、今になってこうして楽しみが共有できたことに感謝です。
では、ここまで閲覧いただきありがとうございました。
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