暗く、静かな海底。

ゆらゆらと波に揺れる髪。

ぼんやりと開けたままの瞳が、遙か彼方の光を見つめる。


どれくらいそうしていたか分からない。

ただ、何処かに帰りたいという衝動だけが、今も冷たいこの体に残っている。

夢を見た。



小さな頃から、時折見る少し怖くて、少し悲しい夢。



そこは真っ暗で、体を覆う水だけがそこにある。



背中にはゴツゴツとした岩の感触とザラザラした砂の感触がある。



とても寝心地はよろしくない。



瞬きを忘れた瞳はいつも、遙か彼方でぼんやりと光る水面を見つめていた。



口を開いても、ゴポゴポと息が漏れる音があるだけで、何を喋っているのか分からない。


いや、何を喋る気だったのかさえ、分からない。



まして、自分の名前も、自分が一体何者で、どうして水の中にいられるのかさえ、分からない。



ただ、一つだけ誰に言われる訳でもなく、ずっと心に焼き付いてしまった衝動がある。




“帰りたい”



悲願にも似た強いその想いだけが、今も胸を燻っている。



何処に帰りたいのかは分からない。

それなのに、帰りたくて堪らない。



けれど、体は意識は、冷たい海底に沈んだまま、涙も波にさらわれて、誰の目にも届かないのだ。



そうして、また諦めたように目を深く閉じる。