レストラン「海の星」。従業員は男三人。大学卒業の頃、就職しそびれてオープニングスタッフとして転がり込んだ接客担当。料理の腕は抜群のオーナーシェフ。ちょっと口の悪いパティシエ。時々巻き込まれる、近所の和菓子屋「椿屋」の若旦那&和菓子職人。
 日々の仕事でぶつかったり、わかりあったり、悪ふざけしたり…

「レストラン『海の星』です」



 失敗して、反省して、身内でわかり合ったからといって。

「あの日」のお客様は帰ってこない。


 スタッフの入れ替わりが激しい店はさておき、「海の星」のように基本的に顔ぶれが変わらない店であっても、当たり前のことだが、客は毎日違う。

「あの日」の後悔を胸に、「その日」出会うお客様にどれほど丁寧に接したとしても、一度信用を失った客が再び来店することは稀なのだ。



 だからこそ毎日を大切に。

 一組一組、一人一人に対して、間違いが許されない仕事。



「岩清水さん! この間のお客様、いま予約電話くれてる!! この予約取りたい!!」


 * * *


「……挨拶くらい出てくれば良かったのに。料理、褒めてましたよ」

「必要ない。伊久磨のお客様だから」

 変な言い回しだなと、眼鏡の奥で妙にキラキラしている目を見ると、由春は口の端を吊り上げてにやりと笑う。

「俺の料理じゃない。お前の顔見に来たんだよ、あのお客様」

「見ても面白いもんじゃない」

「まあ、面白くはない。見どころは身長くらいだな」


 言ったことを全肯定されたのに、腑に落ちない気分になりながら、伊久磨は「俺のお客様……」と呟く。



(俺も「海の星」の一員で良いのだろうか)


 ずっと手が届くことなどないと思っていた星が、実は手の中にあったような落ち着かなさで、伊久磨は手を握りしめた。零れ落ちて、消えてしまわないように。


《illustration(表紙&挿絵):汐の音》

伊久磨&香織