それは、中学生の頃のできごとだった。
『車に乗れ。でないと、殺す』
日が落ちたいつも通りの通学路。倒れて、ハンドルが曲がった自転車。じんじんと痛む足。ナイフをチラつかせる男の血走った目。
引きちぎられるように強く腕を掴まれて、知らない男に無理矢理車に乗せられそうになる。
『早くしろよ! 殺されたいか!』
呼吸が浅くなっていく。
助けを呼ぼうにも、恐怖で舌が痺れて声が出ない。
『……おい! あんた、なにしてるんだ?』
通行人の声に、心臓がびくんと大きく跳ねた。直後、男は私にナイフを振りかざして……私の視界が赤く染まった。
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早朝、近くを通った緊急車両のサイレンの音に、ハッと目を覚ます。周囲を見渡して、そこが自分の部屋であると気付いたとき、安心感からどっと息を吐いた。
「……深呼吸」
私は自分自身に言い聞かせるように呟きながら、何度か深く息を吸う。
明け方は、決まってあの夢を見るので嫌いだった。
時計を見ると、時刻は五時。起きるにはかなり早い時間だが、もう眠れそうにはない。
汗でぐっしょりとした髪をかきあげ、カーテンの隙間から差し込む早朝の薄い陽射しにため息を漏らす。
シャワーの心地いい音に目を瞑る。
温かなこの水で、汗も嫌な気分も不安も、すべてを洗い流して。
服を着て、控えめに化粧を施してから鏡に映る自分自身を見る。
「今日から新しい職場。頑張れ、私!」
パン、と鼓舞するように両頬を叩き、私はバッグを手に取った。