家に帰ったら飼い猫が可愛い女の子になっていた

作者ものくい

雄平はその子猫に「ユキ」と名付け、飼うことに決めた。
それから数年の月日が流れ、雄平は高校を卒業し社会人となった。
実家から仕事の都合で一人暮らしを始め、今は飼い猫のユキとともに暮らしている。
そんな雄平の悩みの種は、大切に育ててきたユキがいまだに懐いてくれないことだ。
雄平がユキに触ろうとすると…

 時刻は夕方の十八時、急に激しい雨が降り続いている。

 降水確率が低かったはずの今日、傘を持たなかった人たちが慌てふためく。


「しまったな……」


 傘を忘れた学生服の青年、町田雄平は学生鞄を頭に乗せて雨宿りを探していた。


「ニャア……ニャア……」

「ん? 何だ?」


 動物の鳴き声が聞こえて、その方向へ振り返る。

 段ボールの中で弱々しく鳴くのは、白色毛並みの子猫だった。


「猫?」


 この子を放っておけば、衰弱死してしまうだろう。

 そう考えると無視できなくなり、僕は子猫をつかんで抱きかかえる。

 この子を飼おうと僕は心に決めた。


「君の名前はユキ。今日からうちの家族だ」


 そして、ユキを拾ってから三年の月日が経った。


 早朝の七時。

 起きたらすぐに家族である三毛猫、ユキのご飯をあげるのが日課となっている。


「ユキー、ご飯だよ!」

「ニャア……」


 ユキは不機嫌そうに僕に近寄ってくる。

 僕は、高校を卒業して社会人一年目。

 今はペット可のアパートでユキと一緒に暮らしている。

 ユキは大好物であるカリカリを美味しそうに食べていた。


「美味しいか? ユキ?」


 ユキが幸せそうな顔をしているので、僕はつい頭をなでてしまう。


「――シャア!!」


 撫でられるのが嫌だったのか、ユキは僕の手を弾いて威嚇してくる。


「ご、ごめん……」


 ゆっくりご飯を食べてもらいたいと思い、一人にするために退室する。


「どうしたら、心を開いてくれるのかな……?」


 ユキを拾ってから三年になるが、まだ彼女の考えていることがわからない。

 両親になついている素振りは見せるけど、僕には一度も見せたことがなかった。


「一度ユキの頭をゆっくり撫でてみたいなぁ……」


 と、いつ叶うのかわからない妄想をしながら朝食を済ませる。


「ユキ! じゃあ仕事行ってくるからね!」

「……」


 声をかけても反応がないユキ。

 落胆しつつも、そのまま職場へと向おうとする。


 声をかけてもユキの反応がない。

 落胆しつつも、僕はそのまま職場へと向かった。


「ユキ! それじゃあ仕事に行ってくるから!」

「……」


 雄平が職場へ向かうために外出する。

 何も返せず、すねて横になる三毛猫。


 ――私の名前はユキ。


 町田雄平というご主人様の飼い猫だ。

 好きなものは、私のことを大切にしてくれるご主人様。

 嫌いなものは、ご主人様の前でいつまでも素直になれない自分自身だ。


(ああ、今日もうまくいかなかったなぁ……)


 ご主人様が雨の中で抱きかかえてくれた時の温もりを今でも覚えている。

 拾われて三年の月日がたったが、今もあの出来事を思い出すと心が安らぐ。

 私は本当にご主人様が大好きだ。

 でも、彼のことを大好きすぎるせいで、緊張してご主人様に攻撃してしまう。


(ご主人様と話せるようになりたいなぁ……)


 私は暗い気持ちを落ち着かせるため、猫の体を丸くしながら眠った。


「ただいま、ユキ」


 ユキのいる自宅に仕事を終えて帰った。

 入社一年目の僕は、会社の仕事に疲れ果てていた。


「ユキに撫でられたら、疲れが取れるのに」


 玄関には誰もおらず、僕はユキの部屋へと歩いた。


「ユキ、ただいま……えっ、誰だ!?」

「ぐぅ……ぐぅ……」


 ユキがいたはずの部屋には、茶髪の少女が横たわっていた。

 飼い猫のユキの姿は見当たらない。


「ちょっと、起きなさい!」


 これは明らかに不法侵入だ。

 しかし、少女が相手だと僕が誘拐したと疑われるかもしれない。

 そんな結末は嫌なので、僕は目の前にいる少女を起こした。


「……ん?」


 僕の声に反応して少女は目を開けた。


「誰だ? どうやって入った?」

「ご主人様?」


 少女は訳のわからないことを呟く。

 彼女とは「ご主人様」と呼ぶほど親しい関係ではないし、初対面だ。


(ご主人様と呼ばれる関係なら飼い猫のユキくらい……あれ?)


 彼女の姿に動揺して外見の隅々まで確認していなかった。

 よく見ると少女には白い毛並みの猫耳と尻尾が付いている。

 服は何処から生えてきたのかわからないが、この子は三年間ずっと一緒にいたユキかもしれない。

 確認をするために、猫耳の少女に話しかける。


「もしかして、君はユキ?」


 僕の問いかけに、彼女は顔を赤く染める。


「ニャ、ニャァァ!!」

 ご主人様と気づくと、猫耳の少女が僕の顔を引っ掻く。

「痛!」

「フゥー!フゥー!」


 猫耳の少女が前方へ素早く後退し、威嚇をする。

 その姿を見て、私は理解した。


(ああ、この子はユキではないか)


 私に対するこの反応は三年間見続けたユキそのものだ。

 ずっと大切に飼っていた猫が本当に人間になったと実感する。

 それと同時に、私は怖くなってしまう。

 ユキはいつも私のことを無視したり、攻撃したりする。

 意思が疎通できるようになると、ユキに罵倒されるかもしれない。私はそれを耐えられるだろうか。


「やっとご主人様と話せる」

「ん? 何か言った?」

「ご、ご飯はまだですかって聞いたの!」


 私の問いかけにそっぽを向くユキ。

 何か違うことを言っていたような気がしたけど、そのことはどうでもいい。


(ご飯どうしよう? 人間になったユキに猫の餌を与えるのは僕の倫理観がダメだと言っている)


 人間の食事を提供するか、猫用の餌を提供すればいいのかわからない。


「ご主人、カリカリの気分じゃない、人間の食べ物が食べたい」


 悩んでいるとユキがおねだりをしてくる。


「わかった、二人前の料理作ってくるから待ってて!」

(やった! ご主人様と一緒に同じご飯を食べられる!)


 ユキがまたコソコソと一人ごとが聴こえたので後ろを振り返る。

 振り返ると冷たい目線で僕を見ていた。


「ん?」

「なに? 早く作ってきて!」

「……はいはい」


 少し棘のある態度をユキは取っていたが、いつもと違って心を落ち着かせた。

 ユキ自身は気づいていないが、彼女はずっと自分の尻尾をピンと立てている。

 猫が尻尾をピンと立てている姿は、喜んでいる証拠。

 ユキの本心がだんだん分かってきた僕は、とても嬉しかった。

 

「んー、ごはん美味しい。ご主人、ありがとう。」


 ツナマヨのおにぎりをユキが口に運んで笑みを浮かべる。

 一生懸命作ったご飯を美味しそうに食べてくれるのは嬉しい限りだ。

 それが、美少女であっても大切な家族だったらなおさらだ。

 本当はハンバーグとかカレーとか子供が好きそうな食べ物を出したかった。

 だけど、味が濃かったり猫にとって害になりそうな料理を出す勇気はなかった。

 結局、当たり障りがなさそうなツナマヨおにぎりをユキに渡したのだ。


「ミャア……」


 ユキは小さな口で大きくあくびをする。

 時刻は夜の22時。

 猫は元々夜行性なのだけれども、人間になった影響で眠くなってしまったのだろう。


「ユキ、眠くなったのか?」

「私は……眠くない……」


 眠気を我慢するユキ。


「スゥ……スゥ……」


 しかし、ほんの数分でユキは寝息を立てる。


「仕方がないなぁ」


 眠っているユキを起こさないようにいつも彼女が過ごしている部屋へと向かう。

 そして、ユキのために布団を敷き、そのまま部屋から退室した。


「ムニャムニャ……ご主人様……大好き」


 誰もいない真っ暗な空間でユキの小さな寝言が聞こえた。


 この日から、僕の鬱々とした生活は一変する。

 ユキは攻撃的な部分はあるが、尻尾の動きやしぐさから素直な喜びが伝わって来た。

 彼女と一緒に遊んだり、くつろいだり、ご飯を食べたり、なかなかうまくいかない仕事もユキのためならば頑張ることができた。

 僕は今の生活が永遠に続けばいいと思った。

 しかし、僕の願いはあっという間に崩れ去っていった。


「はぁ……はぁ……」

 ユキは床に伏せ、顔を赤くした。体温が40度と、異常なほどの高熱。

 明らかにただの風邪だけではない症状に、事の重大さを感じさせられた。

 通常であれば、すぐに救急車を呼ぶべきだろう。


「ごめん、ユキ」


 だが、そこには苦しそうなユキをただ見守るしかできず、涙を流す自分がいた……。

 ユキは元来猫で、人間の戸籍や住民票を持っていない。

 元々は、ちょっと訳ありな女の子として役所に行こうとも考えた。

 しかし、ユキの姿で大騒ぎになるかもしれないとためらった僕は結局役所に行くことはなかった。

 そのせいで、救急車や医療機関を利用することが困難になってしまっていた。


「騒ぎになるまで、役所に行けば良かった…」


 僕は無力であることを今、実感していた。


「はぁ、はぁ、ご主人様…」


 ユキの意識は朦朧としていて、苦しそうに息を乱していた。


「ユキ! 無理をするな!」


 朦朧としたユキに僕が声をかける。

 いつものツンツンした様子ではなく、優しい表情であった。


「ごめんなさい、私はご主人様のことが大好きなのに、いつも素直になれなくて…」

「何言っているんだ、ユキが慕ってくれていることに気づかなかったのは俺の方だ」


 僕とユキは初めてお互いの気持ちを伝えた瞬間であった。

 だけど、それは遅すぎた。


(なぜ、今まで気づかなかったんだろう…)


 後悔してももう遅い。

 うっすら開いていたユキのまぶたはだんだんと閉じていき、そのまま動かなくなってしまう。

 涙がこぼれ落ち、僕はがっくりと頭を下げる。


「すぅ…すぅ…」

「ん?」


 そこには、すやすやと気持ちよさそいうな白猫のユキが眠っていた。


「よかった……」


 ユキが生きていることにホッと胸を撫で下ろし、今度は嬉し泣きの涙がこぼれ落ちる。


 ユキが猫の姿に戻ってから、二週間後。

 猫の姿に戻ってから、次の日にはユキはピンピンとしていて、のん気に毛繕いをしていた。

 元気な様子に僕は安心したが、ユキと話すことができなくなり、寂しさもあった。

 今は仕事が終わって、そのまま家に帰る。

 このときは昔と違って、ウキウキしていた。


「ただいま、ユキ」 

「ニャー」


 玄関のドアを開けるとユキが香箱座りで待っている。

 僕の姿を認識すると、ユキはゴロゴロと喉を鳴らしながら近づいてきた。


((ご主人様、おなかすいたー))

「ちょっと待っててね、ユキ……ん?」


 ユキは猫に戻ったはずなのに、聞き覚えのある女の子の声が聞こえる。


((頭の中でご主人様と話せるみたい……これからもよろしくね!ご主人様!))

「そうなのか……よし、今日はお祝いだ! 高級猫缶を開けてやる!」

((やったー!))


 ユキは嬉しそうに飛び跳ねる。

 素直になったユキは前よりさらに愛らしくなっていた。