一つの法案が成立しようとしていた。
『お笑い芸人保護法』。
一人の芸人が、大切なものを守るため、その是非について、立ち向かう。
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『イカロス』って話、知っていますか?
蝋で作った羽で、閉じ込められた塔から飛び立とうとした話。
低く飛びすぎる霧が翼の邪魔をするし、あまり高く飛ぶと、太陽の熱で溶けてしまうから、と言う父親の警告を忘れ、空高く飛びすぎて、蝋で出来た羽が太陽に溶け、墜落した話。
飛び方って、難しい。でも、飛べるのであれば、どこまでも高く飛びたいでしょうに。
Ⅰ
「はい、バレンタインのチョコレート」
「何で、チョコレート二個なの?」
「え?さあ、何でかなあ?」
天然な妻である。結婚して5年。俺がしょげているのが分かったのであろうか。職業、お笑い芸人。と言っても、まだ売れない芸人。
昨日、小学校からの付き合いの相方と大喧嘩をした。理由は簡単、いつもの通り。『二人のネタの考え方』。相方はマニアックで意味不明な言葉を連呼するが、小さい子でも覚えやすいギャグを取り入れたいらしい。俺はどちらかというと、計算された、ち密なネタが好き。どんぶりって、業界用語ではいうんだけど、少し前に言ったボケを忘れた頃にぶち込む手法。まあ、簡単に言うと、方向性の違い。音楽家なら、『音楽性の違い』って、カッコいいこと言えるんだろうけれど、売れない芸人には、似合わない言葉だ。
「何?また喧嘩したの?どうも、最近タカ君と喧嘩するね。昔はあんなに仲が良かったのに」
「だって、あいつが俺の書いたネタは、印象に残らないっていうから」
妻には、苦労のかけっぱなっしだ。結婚してまだ5年だが、付き合った頃を入れるともう10年になる。29歳同士、もう昔の同級生なら会社で役職に就き始めているころに、俺は何をやっているのだろう?予定帳は真っ白、デートといえば、近くの公園を散歩するくらい。プレゼントだって、1回奮発して、誕生日にディズニーランドに連れて行っただけで、あとは何もしてやれなかった。風呂なし5畳の汚い部屋に何の文句も言わず来てくれて、共用部分の洗面所で、裸になって行水している俺を見て、『かわいい』なんて、少し変わっている彼女ではあった。天然ボケで、昔からよく写真を撮ることが好きだった。デートでは意外とそれが活躍するが、撮るものといえば、不思議なものばかり。公園に落ちているアイスに群がるアリや、俺が気づかずにチャックを丸出しで歩いていると、真顔で俺の目の前に来て、それを写真に収めたりと。とにかく、変わっていた。今日のバレンタインだってそうだ。昼過ぎ、寝起き、頭ぼさぼさの俺をゆすって起こし、こう言った。
「はい、いつもありがとう。大好きだよ」
寝ぼけているから見間違えたと思ったが、チョコレートがなぜか二つあった。『何で二つあるの?』と聞いたら、少し照れた顔をすると、俺を見てにやけだし、照れ隠しか、驚く俺の写真をパシャリと1枚取出した。とにかく天然な俺の妻である。
Ⅱ
そんなころだったか。かわいがってくれている芸人の先輩に次第に『売れない芸人特集』みたいなトーク番組に出させてもらい始めて、天然の妻の話をしたら、これが思いの他受けだした。不本意だったが、俺も、そして逢い方もこれがチャンスだと思った。
そして、3月上旬に、ある法案が国会に提出された。内容は、『お笑い芸人保護法』。お笑い好きの首相が、出した法律だった。これは、現在不景気で、何かと暗い話題が多い日本で、笑いによって、元気にするために、出されたもので、特に売れないお笑い芸人を国が生活費を何割か負担し、より多くのお笑い芸人を排出しようという法案だった。馬鹿げている、そう最初は皆言っていたが、今までに無いほどくだらない法案だったからか、それはネットを中心に注目を集め、いつしか世界各国から、日本はこの法案を通せば、すごいことになる、と言われるようになっていた。そして、ネットユーザーを中心に、この法案を成立させようという、運動まで飛び出し始めた。そんな矢先だった。俺たちの元に、一つの特番の出演依頼が来た。
『お笑い芸人保護法は、必要か?朝まで議論~今注目されている芸人VS売れていな芸人たち~ 2時間生放送』
妻はその番組の台本帳を嬉しそうな顔で写真に撮っていた。