春の匂いが漂いはじめるこの季節。
とある縁側の一角に昨年揃って還暦を迎えた夫婦があった。
「なぁ、ばあさん」
「はい、なんですか」
「もうすぐ春だなぁ」
「そうですねぇ」
「…………」
「なぁ、ばあさん」
「はい、なんですか」
「息子達は元気かいのぉ」
「元気でしょうねぇ」
「…………」
「なぁ、ばあさん」
「はい、なんですか」
「今日は何日だったけなぁ」
「いつでもいいじゃないですか」
「…………」
「なぁ、ばあさん」
「はい、なんですか」
「昼飯はまだかのぅ」
「まだ、十時ですよ」
「…………」
「なぁ、ばあさん」
「はい、なんですか」
「………」
「どうしたんですか?」
「愛しているぞ」
「私もですよ」
縁側の二人の夫婦。
二人の頬桜の花より先には桜色に染まっていた。