ユウギリ王国のカノン姫は、祖国の敗戦に伴い戦勝国・神聖ラゴニア皇国皇帝の後宮に妃という名の人質として赴くことになる。建国記によれば、皇国は聖竜と人間との間に生まれた子を初代皇帝とする大国だ。聖竜の血の影響で長命を誇る代わりに皇家には子が生まれにくく、そのために後宮制度が設けられている。
長い黒髪に琥珀色の瞳が印象的な美しい少女は上級妃の待遇で迎え入れられ、大きな屋敷「冬の宮」も与えられた。しかし皇帝の足が向くことは一度としてなく、そんな出世の見込めない職場には官女も寄り付かず、寂れた宮に一人ぼっちで放置されるという不遇の日々を余儀なくされた。
それから一年、大好きな茶道を心の慰みにして隠遁生活を送っていたある日、夕闇に沈む宮の中庭で今にも壊れてしまいそうな危うい空気を孕む麗人に遭遇する。この人物こそ、「凶帝陛下」の異名を取る皇帝エディルであった。度重なる戦争の果てに大陸統一の偉業を成し遂げ、全てを手に入れた勝利者として絶頂にいるはずの男。だが、実はある事情から心を病んでいて、希死念慮に苛まれていた。そんな事情は知らずとも彼をこのまま放置してはいけないと直感的に悟ったカノンは、真心を込めた茶で精一杯のもてなしをする。「美味しい」と紡ぐ口の端が微かに持ち上がり、張り詰めていた雰囲気がどこか緩んだことでカノンはやっと一息つくことが出来たのだった。
それがカノンの運命の転換点だった。エディルは彼女の茶を気に入り、この日から二人は茶飲み友達となった。色めいたものは何もない、穏やかな交流。しかし傍目から見れば皇帝が妃の宮を訪うということは「そういうこと」だと認識され、忘れ去られた妃だったカノンも否応なく妃たちの鍔迫り合いに巻き込まれていく。
そして、事件が起こる。何者かの手によって「冬の宮」に火が放たれたのだ。カノンは辛くも難を脱するが、実は「冬の宮」の出火はこれが初めてではなかった。エディルの母・先帝の冬の宮の妃の時代にも発生し、妃が命を落としていたのである。この悲劇こそエディルが負っている心の傷の発端であり、当時の光景がフラッシュバックしてきたエディルは慄然とする。
「もう二度と大切な人を失いたくない!」
悲劇の連鎖を断ち切るため、エディルとカノンは手を取り合って立ち上がる。そして見えてきた黒幕の姿。過去と現在の陰謀は、決して無関係なものではなかったのだ――。