STUDIO koemee×魔法のiらんど 「彼岸のオルカ」特設ページ

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書き下ろし小説更新中

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彼岸のオルカ

STUDIO koemeeのプロデューサーから魔法のiらんどへ連絡があった。
内容は、魔法のiらんどの作家へ台本の執筆を依頼したい、というもの。
この物語は数百通のメールから生まれた、近い未来の喪失と絆のミステリ。
もうすぐ聴こえてくるのは、最悪な因縁のバディが描く真夜中のSOS。

シナリオ

藍江 紺Kon Aoe

人気作「姫様、時給800円。」がコミカライズ。
物語に散りばめられた複数の仕掛けは、
読者を魅了する。

魔法のiらんどでしか読めない
書き下ろし小説更新中!

(藍江 紺『彼岸のオルカ』前日譚)

近未来の仄暗い日本で、自殺願望者を止めようと走り回る"最悪の因縁"のバディ。彼らはどのようにしてバディを結成したのかを描く前日譚。物語は"ある出来事"の半年後から動き出す。

聴くanime

『彼岸のオルカ』

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キャラクター紹介

世界観設定

彼岸のオルカ 主題歌

『半端者』

『彼岸のオルカ』の詳細は
STUDIO koemee
公式ページや公式Twitterで
ご確認いただけます。

Movie

by Kon Aoe

『崖みたいだよな』

そうぼやくと、かつての相棒はぎょっとして目を丸くしたあと──空気を破るような大声で笑い飛ばしてくれたものだった。


「ワカメさん」

青年の間延びした声をかき消さんばかりに、甲高い警笛の音が飛ぶ。

「うん?」

応えた男は返事こそすれ、振り返ることはない。

「あの子。多分【飛ぶ】と思うけど」

指を差していたわけでもない、それでも男の視線は導かれるようにそこへと注がれる。

「飛ぶ、って」

翼の生えた生き物など当然、最新の害獣対策が行われたこんな場所には存在しない。空を拒絶するように、見上げれば鉄柵が張り巡らされている。
一番奥のホームに立つ人々の顔色は、今この男たちがいる場所からではとても視認できそうにない。彼らが立つのはこの地域で最も大きなターミナル駅の4番ホーム。中央で煌々と光るデジタル時計は利用客の多い午前7時44分を表示していた。

「2番ホームに電車が参ります、ご注意ください。黄色い線の内側までお下がりください」

スローモーションでも見ているかのような、という表現は都合がいい。周りの景色がぼんやりとピントが合わなくなる中で、制服姿の少女だけが際立って男の目に焼き付いた。紺色の長いプリーツスカートがその先に伸びる細い足にまるで絡みつくようにはためいている。聞こえるはずのない、小さな革靴が地面を蹴る音が耳に届いたような気さえした。風に撫でられた髪が横顔を隠して、そこに乗せられた表情は男の目には映らない。しかしこの職業に培われたのか、はたまた人間として生まれ持ったものなのかわからないが──男の本能が警鐘を鳴らす。

人間が飛べるはずがない。進化の過程でその必要に駆られなかった生き物なのだから。

(駄目だ、間に合わない……!)

*

経験上、男は大声を上げて止めるようなことはしないと決めていた。
前のめりになった身体がすんでのところで転ばずに、重く強く出た右足が全体重を支えきる。構えていなかったせいかキンと足の筋が痛んだが、男は構わず次の一歩を踏み出していた。間に合わない、そう判断しているのに走り出さずにはいられない。駄目だと分かっていながら喉の奥から何か叫びそうになって、けれど。

──「飛ぶ」ことが叶わなかった少女がその場に座り込み、周囲の人々に囲まれる様を男は場に不似合いな姿勢のまま呆然と見届けた。

「ただの貧血、だったらいいけどね」

少女の背中を見届けてどこか胡乱げに目を細めたのは、男を「ワカメさん」と呼んだ青年・海原だった。通行人の視線を奪う華やかで凛とした相貌に対し、薄い唇から落ちる言葉はゆったりと穏やかに響く。隣に立つ男──若音景は詰めていた息をようやくほっと吐き出した。

「で、ワカメさん、何そのフォーム」
「いや。違う。間違えた」
「えっこの状況でクラウチングスタート切ろうとする? ホラーじゃん」

少女が親切な誰かに支えられてホームを去る姿をひっそりと見守りながら、海原はやれやれと肩を下げた。ほんの一瞬の騒動は次の電車の到着を伝えるアナウンスを合図にして呆気なく幕を閉じたようだった。2人を器用に避けて早足で去っていく乗客たちは決して、すぐ足元にまっすぐと走る黄色い点字ブロックを踏み越えない。それらにはバリケードの役割を果たす義務などないのだが、長年社会で積み上げられてきた慣習と常識と良識によって超えてはならない罫線としての役割をも果たしていた。時折そこを他意なく踏み越える者がいれば神経を張り巡らせた職員からの指摘がマイク越しに飛ぶ。
止めなければならない立場の者以外──点字ブロック同様、その不特定多数の人間たちに止める義務などない。

*

姿勢を正した若音の上着には、一見すれば職務内容を想像させる意味を全く果たさぬ象徴が刺繍されている。組織名すら正確には刻まれていない。おそらく生涯一度も関わることのない者が多数であろう、もとい、そうあることをこの男・若音は祈っている。すれ違う乗客数名は、警察でも駅員でもない謎の制服姿の彼に訝しがるような目線を寄越していった。

「──マーリントラウト、第二事業部の若音です。こちらが本日の報告書になります」
“マーリントラウト”。
大抵の新入りは『この組織名、業務内容になんの関係があるんですか?』と顔をしかめる。そう問われるのは正しい、何故ならその名は確かに業務内容に一切関係がないのだから。
「お疲れ様でした。いやぁ、申し訳ない限りです。皆さんのご協力を仰がなくてはならない当駅の現状が……」
駅の若い職員の目の下のうっすらと青みがかっているのを見やり、若音はその苦労を思って苦々しく笑った。
「本当はホームドアが早く全国の駅に設置されれば1番早いんですけどね」
社会人歴8年。当たり障りのない返答と笑みは板についた。必要なのは決して物理的な盾(ホームドア)だけではないのだと、今議論する必要はない。

*

若音たちの任務を、関係者の一部は揶揄してこう表現する。警察の真似事だ、と。

彼らが泥臭く労働に勤しむ今日、街中のコンビニに店員の姿はない。家電量販店や大型スーパーでは各社の制服を着た自走ロボットが目に煌々とLEDを灯し常時笑みを浮かべて行き交うようになった。病院の中ですら白く防水防汚加工のされた彼らが耳障りのいい小さなモーター音と共に闊歩するその光景も、当初こそは気味悪がられたものの今や『どんな流行り病にもかからない無敵の人材』として活躍している。
労働を代替しうる無機物たちの活躍により淘汰された人々が働かざるとも生きていけるだけの社会的福祉は、まだ十分でなかった。それ故か犯罪件数は数を増し、更に罪の軽重を問わず高度化していく中で、それらを正しく取り締まる者──法によってその権利を与えられた"警察"の人手が不足しはじめた。そう大きく取沙汰されるようになったのは10年ほど前からの話。
他者を害する者が増え、そして──己を害する者までも増えてしまったこの社会を、誰も想像できなかったわけではない、と、高名な社会学者は言ったそうだが。

職務を終えた2人はホーム内に設置された立ち食い蕎麦屋でのど越しの良いざるそばを啜っていた。彼らの本日の外勤時間は午前6時から午前10時。2人が事務所に戻った後、この駅での活動は必要に応じて最新AIのロボット・ドルカに託される。
「そういやこの駅、呪われてるって噂されてんの知ってる?」

*

海原は勢いよく麺を啜り上げ、頬袋に入るだけの量を詰めこみながら若音にそう投げかける。隣の若音は熱さに臆せず食べ進める海原を恨めしそうに見やってから、ちびちびと啜る。間を置いて飲みこんでからようやく、その言葉に頷いた。
「ああ。うちのあらゆるシステムとドルカの目をかいくぐって人身事故が立て続けに起きてるからな。こんだけ大型駅なのにいまだにホームドアもなければ駅員の人数も少ないし」
「それだけでこんなに続く? そんな駅ここだけじゃないでしょ」
また海原のよくない癖が始まった、と、若音はそれに対する返答を留めるためにわざとらしく熱い蕎麦に咽せてみせた。
「にしても、自ら命を絶つことを【潜(もぐ)る】って言い換えるようになったせいで、ネットでもネガティブワードのチェックで弾かれにくいし、志願者を募る書き込みも追いかけきれないってカレイさんが嘆いてたな」
「カレイさんが無理なら誰も無理、」
2人が同時に同じ同僚の顔を思い浮かべたその瞬間、海原の方が店の外をじっと見やったまま顔をこわばらせた。
「ワカメさん。今何時」

*

「えー、さっき上がったから10時……」
刹那、海原はまるで何かに引かれるように椅子から飛び降りて、呆然とする若音の後ろを慌ただしく駆け出して行った。アルバイトの店員がぎょっとするのをわずかに視界の端に入れた若音は、溜息を吐く間もなく「すいません、ご馳走様です!」ひしゃげた上着を脇に抱えて自分より10以上も年の離れた相棒の後を追うことになる。
若音の足は高校時代、県内1番と呼ばれるほどの脚力を持っていた。同年代の陸上仲間なら彼の名を知っている。大学進学から数年、その舞台から若音が唐突に降りたことに対して多くの人間が残念そうに声をかけたものだった。
(やっぱり10代には敵わないな)
スタートを切るまでの数秒の差はやはり埋まらなかった。しかしその電撃のような海原の滑り出しによって若音はその場にたどり着いた時、今度こそほっと胸を撫でおろしたのだった。

「……その子は」

海原の足元には潰れたようなスクールバッグ。それから、"誰か"に突き飛ばされたからだろうか、剥き出しになった膝に擦り傷を作った制服姿の少女が座りこんでいた。
海原はうっすらと笑みを浮かべながら、けれど額には薄く汗を滲ませながら若音を振り返る。
「飛びそこなったペンギンちゃん」
そう称された少女はまるで、思っていた記録が出せなかった選手のような表情を浮かべていた。

to be continued...
*

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About Creators

  • Scenario

    藍江 紺

  • Illustration

    つもい

  • Music

    Kedarui

  • Movie

    ヤスタツ