「これはお金が一切かからない!言うだけタダ!そして綺麗になる、最高じゃない?」
「はあ…」
呆れすぎて、逆に笑いが出る。そうだ、アホくさいけど、言われた通り、言うだけタダ…ではある。それに、このままだと、いつまでも自分を開放してくれなさそうで、彩響はもじもじしながら口を開けた。
「私は…美しい」
「もう一回」
「私は、美しい」
「もう一回」
「私は美しい。私は美しい。私は美しい」
ここまで言うと、不思議とさっきまでの恥ずかしさが少しは和らげた気がする。成が微笑んでいるのが見えた。
「どう?」
「さあ…どうでしょ」
「大丈夫、きっとそのうち効果がでてくるよ」
見てるこっちまで気持ちよくなる彼の笑顔を見て、彩響はふと思った。実は彼が一所懸命言っているこの変なレクチャーより、自分の体に触れているこの妙な姿勢が気になる。いろいろ変なことを沢山言われ、今まで意識していなかったけど、いざ気にすると恥ずかしくなる。しかしそれと同時に、なんだか安心もしてきた。
(こんなふうに誰かに後から支えてもらったの…何年ぶりだろう)
ずっと一人で、なにもかも解決して、我慢して…。そんな生活の繰り返しで、今までずっと忘れていた。誰かがこうやって支えてくれる安心感を。自分より大きい体の中でリラックスしていると、自然に彼が言うアホくさい言葉もそれなりにいい感じに聞こえた。
「…本当に、美しくなれるのかな」
「もちろん。美しくなれるだけじゃなくて、いろいろとうまくいく」
「どうして、そんなに確信できるの?」
「それは…俺が経験者だから??」
すこし驚いて鏡を見るけど、成は特に変わらない様子で、ニコニコとこっちを見る。彩響はそれ以上質問せず、もっと力強く鏡を拭いた。
鏡を全部拭いて、キラキラと光る全面を眺める。さっきの言葉のおかげなのか、それともただ機嫌がよくなっただけなのか、鏡の中の自分がなんとなく綺麗に見えた。おそらく、なにかの錯覚だろうが、それでも徐々に気分が晴れてきた。
鏡を眺めていると、一瞬だけ後ろの彼と目があう。
その短い一瞬で、自分を支えている手に少し力が入った気がした。
ー本編から