高校最後の夏休みを終えた蝶野唯慈(いちか)は、ある日の放課後、幼馴染の綾野瑞葉(みずは)に連れられ、彼女が所属している美術部の顧問のところへ行くことになる。顧問は今年高校を卒業する二人に最後の課題と称して、「嫌いなものを一番美しく描く」というお題を言い渡した。受験などがあるため課題の提出は任意とな…



もし自分がこのまま地に足をつけて生きつづけるなら、せめて苦しまずにいたい。

僕はそう思って、いつかそう生きられると思ってここまで来た。

だけど、人生はどこまで行っても苦しいままだった。ここまで来て、これまでを生きて、自分が苦しいと感じていたのは生きることそのものなのだとよくわかった。

夢を抱いて人に憧れ、それを妬んで後悔をした。

誰のためにもならないで、いつも自分のことばかりで、ずっと善人を演じるばかりだった。

だからせめて、最後くらいは自分以外のためになろうと思った。

僕の大切な人が、これからも正しく生きられるように、いつでもこの地を離れて羽ばたけるように。

僕はけっきょく何も叶えられなかった。

ただ、せめてこれだけは現実になってほしかった。自分が偽善者で終わりを迎えても構わない。何を犠牲にしてでも叶えなくてはいけなかった。

だから僕は、持てるものをもってそれを現実にすることにした。


髪の毛がうねる。

それが私にとってこの世でいちばん大きくて重大な問題だった。

幼い頃から癖毛で、いつでもどこでもそれだけは変わらず、常に悩みの種だった。人が道をはずれても、町が沈んでも、森が消えても、大人になっても。私はいつも上の空。石か何かが乗っているのかと思うくらい頭が重く、自分の上ばかりを気にしていた。

世界の危機より、人の悲劇より、私は自分の見てくれの方が大切だった。

親にはよく夢はないのかとか、将来が不安だなどと言われたけど、私はそうは思わなかった。

今どき夢なんて持つ人の方が少ないし、将来はいつでも不安なものだ。すこし手元で調べれば、それがいかに面倒なものなのかわかるし、そういうことに熱を注ぐのはなんとなく昭和臭い気がする。

私はおおむね、あの老耄たちのように明るい夢とか輝かしい将来とか、そういうものにはすこしも惹かれなかった。ただ、自分と自分の知っている人が毎日変わらず平和に。いや、平凡のまま生きつづけてくれていればそれでいい。

そうあってくれさえすれば、あとのことなんて、何が起きてもどうでもよかった。

騒いだところで私には何もできないし、むしろ何か行動をしたせいで周りから白い目で見られる方がよっぽど問題だった。 そういう平凡ではない問題は、なんとなく時間が過ぎるのを待てばいい。そうしたら誰かがその場を繋ぎ、英雄が現れて、いずれ問題も解決へ向かう。私の知る限りでは、物語でも現実でも、変わらず同じくそうなった。

どんなときでもそうだった。

彼らが世界を救ったから、私は今も生きている。

誰かが世界を救ってくれるから、私は無関心で、ただ自分の頭上にある悩みの種ばかりを気にしていればよかった。